軍人たるもの些細なことでポーカー・フェースを崩してはならない。それは王牙学園に入学した際の、一番最初の任務だった。思ったことは、至極簡単単純明快。命令元々無表情と言われる自分には物足りなさを覚えた位だ。
だが表情を動かすまいと口を堅く結んでいたら、いつの間にか感情も薄くなった気がした。喜びや怒りというのも昔に比べて感じなくなり、ミストレーネやエスカの様に感情を些細でも露にすることが殆ど無くなった。そのことを軍人として非常に優秀と多くの教官に褒められたが、全く嬉しくなく、寧ろ人と掛け離れていく自分が嫌になった。只の従順なロボットと扱われることが擦り減った感情でも気分悪く感じられた。
そんな時に出会ったのが、円堂守だ。彼は何がおかしいのか常に笑顔だった。試合中、仲間を励ます彼を見て、何でそんな風に笑えるのだと問ってみたくなった位である。自分には励まされた思い出はない。失敗は叱咤の対象で、成功こそが励ましの対象だと信じきっていた。目をきゅっと細めて笑う彼の姿は自分にとって本当に衝撃的だったのだ。軍人としては0点だが、人間としては自分を遥かに上回っている。自分は気付けば普通の笑顔は出来なくなっていた。しかし、80年前を去る時一瞬だけ笑う事が出来た様に思う。それもこれも、あの短い時間で彼が自分にしたことだ。
彼の様になり、そして彼と横に並んでみたくなった。
水洗い場の前に立ち、曇り一つない鏡の中の自分を見る。いつも通り変わりのない無表情。少し強く、指で口の端をぐっとあげてみた。無理矢理の笑顔が滑稽に映っていて、少し可笑しくなる。フッと口から息が漏れた。丁度通り掛かったエスカとミストレーネが気味悪そうにこちらを見る。
「何やってんだバダップ、鏡見て笑うなんてミストレみたいだぞ」
「もしかして喧嘩売ってる?」
そう言うと二人は少しの間言い合いをしていたが、ふとミストレーネがこちらを見て笑った。
「何かバダップ、変わったね。」
それを聞いたエスカがうんと大きく頷いた。気分がハッとする。自分はまだ、ちゃんと笑えるのではないだろうか。もう一度鏡を見て、小さく笑みをつくる。酷く不器用な笑みだが前に比べれば随分マシだ。
「円堂のおかげだろう。」
そう呟いた時、何かを確信した気がした。鏡の中の自分はまだ笑っている。いつか彼の横にまた立ちたい、そう思えることが幸せだと感じた。


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