※本名注意


「憎ったらしいなあ」
ぼそりと基山が呟く。俺は聞こえない振りをして雑誌のページをめくった。杏に貸してもらったその雑誌には着飾った少女が楽しげな笑顔を浮かべた写真がたくさんあって、彼といるこの沈黙に包まれた部屋に比べれば、何とも羨ましいものだと溜め息をつきたくなった。
「それ、見てて楽しいかい」
「別に」
実に数十分振りの会話だ。彼もこのリビングにいなければいいものの、テレビも付けずにただ珈琲をちびちびと飲んでいる。本当は自分も部屋に戻りたいのだが、この静かな空間の中動くのが酷く危険なことのように思えたのだ。
「ねえ、南雲」
いつからか俺達は名前で呼び合うことがなくなった。別に仲が悪くなった訳ではない。ただ同じ園の仲間として近付きもせず離れもせず、そんな関係を保ってきていた。円堂と、出会うまでは。
「南雲は、女だ。羨ましいなあ」
基山が椅子から立ってこちらに近付いてきた。俺は動くことも出来ずにただ雑誌の文字を見つめている。そうでもしなきゃ、理性が保てないような気がした。基山が近付くにつれ冷や汗が出るのが分かる。口の中はカラカラに渇いていた。
「南雲」
基山は俺の成長途中の胸を見た後、腹の方に視線を移した。それからそこに手を置く。俺は抵抗もせず、雑誌から基山の手に視線を下ろした。
「円堂君の、子供が産めるんだね」
基山の手にどんどん力がこめられていく。目から涙がぼろりと落ちてくるのが分かる。怖い、このままだと、  。
「おい」
リビングのドアの付近から聞き慣れた声がした。玲奈が基山を睨んで立っている。
「…涼野が、呼んでいた」
そう、と基山はいつもの笑顔で言ってその場を立ち去った。玲奈が俺の背中をさする。
「…大丈夫か」
ああ、と言ったつもりが声が出なかった。玲奈は好きだ。玲奈だって円堂が好きだろうに、基山みたいに何も言ってこない。涙がまだぼろぼろ落ちてくる。今頃基山は、これだから女は、なんて思っているかもしれない。それが怖くて悔しくて、今すぐ円堂に会いたくなった。



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