※四年後
仲が悪いと言ったって、高学年になれば落ち着いてくるというものだ。会えば口喧嘩ばかりしていた左近先輩とも、最近では余りそんなことにはならない。極めて落ち着いた、普通の関係だ。後輩の目もあるからかもしれない。伏木蔵にそう言うと、伏木蔵は笑って「なんか物足りないんじゃないの?」と言った。正直な話、図星だった。物事をズハズバ言う左近先輩と言い合いをするのが、実は結構好きだったりしたのだ。
「今日の夜間当番、俺とお前だからな」
薬草を整理していると、当番の紙を見ていた左近先輩がそう言った。昔ならそこに「お前となんてついてない」と言い足していたのに、今ではもうそれだけだ。少し寂しく感じつつも頷いて、それからまた薬草の整理に戻った。静かに静かに夜は深まっていった。
「茶、ついでくる」
左近先輩がそう言ったのはそれから二刻ほどしてからだった。お気をつけて、そう呟いた声は部屋に響いて直ぐに消えた。左近先輩の背中が見えなくなる。緑に包まれた背中は、四年前より広く逞しくなった。しいん、部屋が完全な静寂に包まれる。今日は怪我をする人もどうやらいないらしい。ふうと溜め息をついて薬箱を閉じる。と、障子が開いて左近先輩が入って来た。
「ほら」
湯呑みを渡されて驚いた。前には有り得なかった様な優しさだ。ふっと笑みが漏れて、湯呑みを受けとった。
「いただきます」
そして飲もうとして、一瞬時が止まった。湯呑みの中に何も入っていないことに気がついたからだ。左近先輩は大きな声で笑った。
「はははっ、引っ掛かった」
左近先輩はけらけら笑っている。顔が熱くなってきて、大きな声が口から出た。久しぶりにからかわれた感覚がして、全身がほかほかしてくる。
「馬鹿左近先輩!!」
そう叫ぶと、左近先輩はもっと大きな声で笑い始めた。子供みたいなことして、と呟きながらも、何だか可笑しくなってきて私も笑った。部屋の中が一気に賑やかになった気がする。空の湯呑みが転がるのも気にならなかった。ふと、口を開けて笑う先輩を見る。何年も変わらない笑顔だなあと感じた。