今からリリーばあちゃんへの手紙を書くよ、

彼はそう無表情で言った。普段ゆるゆると締まりのない顔は、静かで穏やかで、ただそこにあった。彼のこんな表情を見るのは初めてな気がする。
「ねえ」
彼の目を見て呟く。視線は絡みあって外れないままだ。
「いいんだよ、喜三太」
先に目を逸らしたのは私の方だった。だが、彼の視線がまだ私を捕らえているのが分かる。
「…まだ言うの」
いつものふわふわした声で彼は言った。ぐっと唇を噛み、顔を上げる。
「風魔に、帰りたくないの。リリーおばあちゃんは、喜三太に期待しているよ、」
そう言うと彼は眉を潜めて溜め息をついた。
「帰りたくないって言えば嘘になるよ。でも、僕は乱太郎といたい。」
何回も言ったのに伝わってなかったみたいだね、呆れたように喜三太が言う。
「私と一緒になったって、どうにもならないよ。好いただとか、そんなのはすぐ飽きるものだよ」
自分で言っていて泣きそうになった。彼の口からこぼれる好意の言葉も一時的なものなのだ、と考えると悲しくなってきた。
「そんなこと何で乱太郎に分かるのさ。乱太郎は、僕が嫌い?一緒にいたくないの?」
彼の言葉が耳に入った瞬間首を振った。同時に、涙がぼろぼろ出てくる。
「僕、乱太郎が好きだよ。」
彼はそう言うとにこりと笑った。手紙書いてくるね、彼は微笑みながら私の頭を撫でる。
「いってらっしゃい、」
私達はつい数時間前この学園を卒業した。長屋にいる卒業生は、私達で最後だ。
「ここで待っててね」
私達は今から駆け落ちをする。全てから逃げて結局どうなるかなんて、さっぱり分からないけど。
「うん」
ごめんなさい、口から出た言葉は誰にも聞こえなかったようだ。


(彼にとっての心変わりは彼女にとっての裏切りに相当する)
(その裏切りは彼にとっての幸せだった)


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