例えば、武士として生きるにしても忍者として生きるとしても。生きながらえる時間はそう変わらない様な気がする。人に知られ死ぬか、知られずに死ぬか。それらはそんなに大した差のないものだと自分は思っている。自分の生きた時間なんて、今までの歴史に比べればまばたきの様に短い時間なのだ。
「金吾は、卒業したらどうするの。」
喜三太が蛞蝓を手に乗せながら呟いた。蛞蝓は行灯に照らされて、ぬめぬめと光っている。結局この五年間それを好きにはなれなかったなあとぼんやり思った。
「…武士に、なる」
そう言うと、喜三太は、そっかあと言って微笑む。それから「じゃああまり会う時間はないだろうねぇ」と呟いた。喜三太は、忍者になるのだ。
「そうだな」
少し声が震える。喜三太はくすりと笑った。
「ばか、泣き虫金吾」
分かっている。卒業したら今みたいに馬鹿は出来なくなり、隣で笑う仲間もいなくなる。一人で立つことになるのだ。外を見ると、月がとても綺麗に光っている。何だかいてもたってもいられなくなって、何故かしらないが屋根に登った。気持ちがぐちゃぐちゃした時は、高い場所にいるとなんだか落ち着くのだ。ゆっくりと地面を見下ろす。今、ここから飛び降りれば、何かが変わるだろうか。そんな考えが頭を過ぎった。
「金吾」
後ろから声が聞こえた。振り向くと、両手に茶を持った乱太郎が笑いながら立っていた。
「一杯どう?」
ああ、と適当な返事をしお茶を受け取る。だが飲む気にはなれなくて、持ったままになる。熱がじんわりと手を温めていくのが分かった。
「どうしてここにいるのが分かったんだ?」
「ん?だって金吾が屋根に登るの見たから。」
あはは、と乱太郎が快活に笑う。つられて口元に笑みが浮かんだ。それから、ずっと聞きたかった言葉を口にする。ずっと、怖くて怖くて聞けなかった話だ。
「乱太郎はさ、卒業したらどうするんだ?」
言ってしまった。何だか心臓が冷たくなった気がする。返事を聞きたくない、嫌だ。逃げ出したくなる。乱太郎は、目をぱちぱちさせた後ぽつりと呟いた。
「医者に、なりたいな」
体の中が空洞になった気がした。目尻の辺りが熱くなり、昔みたいにわんわん泣きたくなる。何となく分かっていた、彼と自分は違う道を行くと分かっていた。目をそっと閉じる。
「そうだな、いい医者になるよ」
嘘を言って笑った。ありがとう、と笑う乱太郎を少し憎らしく思う。ああ、やっぱりここから飛び降りてしまいたい。
(恋愛は瞬きのような瞬間だが、あまりにも多くの時間を欲する)
(瞬きのような人生の中の、瞬きのような恋愛)