※数年後で夫婦な風♀円
※宮→風♀円←宮

僕には学生時代二人好きな人がいた。一人は女で、一人は男だった。勿論そのことは今まで誰にも言ったことはない。好きというよりは憧れだったと言ってもいい。二人とも性格こそ違ったが、はっきりと胸を張った人達だった。

「よお、宮坂」
就職先も何とか決まり、大学四年生の時期を悠々過ごしていた僕の目の前に颯爽と現れたのは風丸さんだった。長いポニーテールはすっかり無くなって、短い水色の髪の毛がさらさらしている。ぽかんとする僕を見て、スーツ姿の風丸さんは笑った。
「久しぶりだな、なあ、家寄ってけよ」
午後6時の賑やかな駅前なのに、風丸さんの声だけよく聞こえた。この人は昔から僕のことを一番分かっていそうで分かっていない。僕が風丸さんと、それからあの人の結婚式に行かなかった理由なんて考えてもいないのだろう。腹の奥の方から生暖かい何かがどろりと喉まで上がってきて、思わず口を押さえた。
「いいんですか?」
体はこんなにも拒否反応を起こしているのに、頭はそれを知らんぷりして勝手に動く。風丸さんがにこにこ笑って、今度こそ吐瀉物が喉のぎりぎりまで上がるのが分かった。

「わあ、久しぶりだな!」
エプロンを着た円堂さんはそう言って顔を輝かせた。薄いピンク色のエプロンは学生時代の円堂さんと掛け離れていて、ちょっと笑えた。長いツインテールは相変わらずで、それを揺らしながら彼女はリビングに自分を案内してくれた。
「ちょっと待ってな、すぐ作るから。」
円堂さんはそう言って台所へ引っ込んだ。一瞬、円堂さんがただの女性に見えて酷く驚いた。彼女はいつも男みたいに動き回って、がさつだけど優しく笑っている人だった。だから、あんなに柔らかい表情を見るのは初めてだった。
「飲もうぜ宮坂」
風丸さんはグラス二つとビール瓶を持って、こちらに歩いてきた。席につくと同時に円堂さんが台所から顔を出して「控えろよ!」と険しい声で言った。風丸さんは適当な返事をして、こちらを見て舌を出した。
「ま、乾杯しようぜ」
いつの間にかビールが注がれていたグラスを風丸さんが見る。慌ててグラスを持ち、二人で乾杯した。グラスがちいんといい音を鳴らして、ビールはあっという間に飲み干された。
「本当久しぶりだな。あ、就職先決まったんだって?」
風丸さんがピーナッツを摘みながら言った。頷いて会社名を言うと、風丸さんは驚いて「すげ、エリートじゃないか。」と笑った。そんな話をしていると、円堂さんが料理を持ってきた。美味しそうな唐揚げだった。
「ま、食ってくれ」
円堂さんが笑った。心臓がずんと重くなった様になって、ビールの通る喉が冷たくなった。それはその顔がもう中学生の頃とは違う、本当に女性の笑みだったからだ。
「おー、うまそう!」
風丸さんが嬉しそうに声を張り上げた。円堂さんを見る風丸さんの目はカラメルソースの様なとろみと甘さとほろ苦さがあって、もう僕は何も言えなくなった。この二人には、僕が好きだったこの二人には、何か色々なことがあって、もう僕の知っている二人ではないのだと実感した。箸を割り唐揚げを口に運ぶ。その唐揚げは熱くてさくさくしていて、本当に美味しかった。

風丸さんの家を出たのは二時間してからだった。二人は酒で耳まで赤くしてふにゃふにゃした顔で昔のきりっとした態度なんてもう無くて、それでもすごく幸せそうだった。息を吐く。白い息が出ると同時に酒の匂いがした。ぽとり。地面に何かが落ちた。目をやると、そこには水の跡があって、自分の頬を伝う冷たいそれが漸く涙だと分かった。
「馬鹿だなあ」

勿論、僕が。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -