※数年後
※半田結婚済
※何でも許せる方向け
人がまばらな電車に乗り、適当な席へ腰掛けた。女子高生が騒いだり、携帯をいじる音が聞こえたりと電車は賑やかだが、どこか静かだ。携帯を開ける。妻からメールが届いていた。内容は今日の夕飯についてで、その可愛らしい文面に笑みが漏れた。娘もきっと今頃は俺を待ち侘びているだろう。幸せを噛み締めながら、携帯でニュースを見ると、日本のサッカーチームが世界大会に出るという記事があった。ボタンを押して、出てきた記事に目を通す。彼の名前が一番最初に目に入った。
サッカーを止めたのは大学に入ってからだ。勉強が手一杯という理由と、バイトに精を出したかったからだ。円堂とは既に別の学校に通っていて、それでもたまに連絡のやり取りをしていたりした。俺はその時もずっと、円堂に恋心を抱いていた。顔を見れば好きだなあと思ったし、笑顔を見ると心臓がぎゅっと掴まれた様に苦しくなった。
「プロのチームに入れてもらえるんだ」
そう興奮したように円堂が電話してきたのは、恐らく俺の就職活動が終わった頃、今の会社に決まったころだ。俺はその瞬間、涙が目からぼろぼろ出るのを感じた。円堂は感動してくれたのだと勘違いしたのだろう、ありがとうと何度も言っていた。だが本当は違ったのだ。彼と自分が本当に違う道を選んで、そして壁が出来てしまうことに俺は気付いて、泣いたのだ。円堂はもう俺の手の届くところにはいないのだと、改めてそう感じた。
「頑張れよ」
俺が唯一言えたのはそれだけだった。円堂は嬉しそうに、おう、と言って、それでその電話は終わった。それから俺は布団に顔を埋めて、ずっと泣いていた。喉が痛くなって目が腫れて、嗚咽の声が出なくなるまで泣いた。
今の嫁と出会ったのは大学時代のバイト先だ。彼女から告白してきて、それから付き合った。優しくて可愛くて、自慢の嫁だ。でも、円堂に笑った顔が少し似ていると気付いて、少し複雑な気分になった。
「ただいま」
家のドアを開けると、娘が飛び付いてきた。そして目をきらきらさせて、今日あったことを話してくる。うんうんと相槌をうちながらリビングへ行くと、嫁がテレビを見ていた。画面には、円堂が映っていた。彼女の好きなスポーツニュースだ。
「今年のチーム、凄く強そうね」
妻はそう言って笑った。こいつ昔のチームメイトなんだ、と呟くと、彼女は驚いて、それから興奮したように顔を紅潮させた。そんな彼女に愛しさを感じる。これが愛というのなら、円堂に抱いていたあの感情はきっと恋だ。ただがむしゃらに求めて背中を追いかけて、涙が出るような、そんな恋だった。