子供の頃、日が見えなくなるまで遊んでよく母に怒られたものだった。それは今でも変わらず、遅くまでサッカーをしては母に怒られる。しかしその叱る声は昔に比べて数段柔らかい。それもそうだ、自分はもう体も大きくなりある程度のことからは身を守れるようになったからだ。母の目は小さな子供を見る目から少年を見る目になった。父の目も何も出来ない子供を見る目から成長した少年を見る目になった。それはくすぐったくて嬉しくて、でも少し寂しいものだった。
「帰国は明日なんだ」
隣に座る円堂がそう呟いた。そうか、と呟くと円堂は小さく頷いた。
「俺な、マークのこと好きだよ」
円堂がぎゅっと目を細めた。毎日という位見た優しい顔ではなくて、悲しそうな顔だった。
「俺も好きだ」
そう返すと、円堂はありがとうと言って少しはにかんだ。
「でも、俺にもお前にも大切な人は他にもたくさんいる」
「ああ」
円堂の声は低く落ち着いていて、少し父に似た響きを持っていた。昔いたずらをして父に諭されたあの時の様だった。
「俺は結局父さんと母さんに孫を見せてやりたいし、奥さんに黙って友達と飲んだりして、そんなこともしたいんだ」
円堂の目から涙がぼろりと落ちた。今、それを拭うのは自分ではない気がして、黙って見るだけだった。
「俺も、そうだ」
円堂は声を上げて泣き出した。俺はやっぱり黙って何もせずに、ただ円堂を見ていた。
「別れよう」
そう言ったのは俺だった。円堂は驚きもせず、ただ小さくうんうん頷くだけだった。
「マークが、好きだ」
「俺も円堂が好きだ」
「抱きしめていいか」
「ああ」
円堂は俺の胸に顔を埋めた。涙がシャツに染み込んで冷たさが広がった。
「あったかいな」
円堂はそう言って笑った。ぐしゃぐしゃの顔だったけれど、きっと俺が世界で一番好きな笑い顔だと思った。