さも→←乱



※3年後


自分に大切なものが沢山あるのは分かっている。心と時間と金を使って育ててくれた家族も、学び舎で共に学んだ仲間も、熱意を持って生き残る術を教えてくれた先生も、忍者としては失格だが、どうしたって捨てられはしない。
「僕は忍者になるんだ。」
教室へ向かった筈なのに着いた長屋の部屋の中に彼はいた。その顔を見た瞬間、何故かそう言葉が静寂に滑り落ちた。
「まあ、この学校にいるのだから、割と皆さんそう希望していると思ってますけど。」
彼は薬草について書かれた本を閉じると、こちらを見て苦笑した。硝子の奥に伸びる、色の薄い睫毛をじっと見つめる。
「忍者は孤独だ。非情だ。冷血だ。嘘つきだ。」
「すごい言いようですね。」
「それでも僕は忍者になるんだ。」
それに明確な理由などなかった。ただ、幼い頃に決めた夢に向かうだけだ。一本道を走るだけなのだ。
「僕は卒業したら、家族とも、友人とも、先生とも、今みたいに接することなど出来ない。」
「…そうですね。」
彼は一瞬迷ったが、大人しくそう頷いた。
「でも、きっと捨てられない。だから、これ以上大切なものを作らないことにするんだ。」
彼は目を細めて、それはちょっとだけ寂しいですね、と言った。いきなり部屋に来た奴にこんなことを言われても困るだろう。けれど、彼は優しく、こちらを真っすぐ見る。このままでいれば絶対に、彼を特別に大切と感じる時がくる。
「先輩は、実直な方だ。」
乱太郎はそう言った。その言葉が矢のように尖り、ぬるま湯のように胸を満たした。
「忍者には向いてないかもしれないですね。でも、私は」
彼はそこで言葉を切ると、にっこり笑った。嫌味も屈託もなく、一年生から何も変わらない笑みだ。
「そうだ、忘れていた。僕は教室へ行くんだった。」
彼の言葉を遮って言うと、襖に手をかけた。彼の目を見ないように、さっと踵を返す。
「乱太郎、いきなりすまなかったな。」
後ろを向いたままそう言うと、乱太郎がすっと立ち上がるのが分かった。
「いいえうれしかったです。私は、先輩と話すの、大好きです。」
この言葉を、少しずつ噛み締めながら、生きていこうとさえ思えた。彼の大切になりたかったし、大切にしたかった。けれどもう僕には、抱えきれない。
「乱太郎」
振り返り、彼をじっと見つめた。彼との深い関係は結べないけれど、彼との思い出を反芻して深めていくことはできる。だから、いいのだ。
「さよなら」
また明日も会うでしょう、と不思議そうに笑った彼は、やっぱりいつものままだった。


(僕はまっすぐ生きるの!)


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真っすぐで融通きかなくて時々生き方が迷子になる系左門さん
完全な趣味です



2012/04/15 22:50






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