武藤×瀬方


あえて言葉で表すなら、ぽかぽか。

窓辺からは柔らかな春光が部屋を包み込み、さらにその向こうからは近くの公園ではしゃぐ子供たちの声が聞こえてくる、そんな穏やかな昼下がり。

ジュウジュウとベーコンの焼ける香ばしい匂いが、キッチンに充満している。
それはカウンターで仕切られたリビングにも漂ってきて、すっかり空っぽだった僕の胃袋はさっきから絶えることなく空腹を訴えていた。もはやグーグーとか可愛いものじゃなくて、グォォォとかゴゴゴゴとかお腹の音的にありえない音になってるし。


「瀬方さぁん、まだですかー?」


へにゃりとテーブルにもたれかかって、向こうにいる瀬方さんに目を向ける。黒いエプロンをつけた瀬方さんは、慣れた手付きで器用に片手でフライパンをひっくり返しているところだった。その度に、白い米粒がまるで雪のようにパラパラと舞う。
その姿だけ見ていると、ドラマなんかでもよくある、奥さんが旦那さんのためにご飯を作っているシーンみたいだ。

嘆きを華麗にスルーされた僕は、空腹を紛らわすためにしばし妄想に浸ることにした。

瀬方さんが奥さん、かぁ。
美人だしイケメンだし色っぽいとこあるし、頭も要領もいいし、炊事洗濯掃除もバッチリだし―――――ここまで考えて、改めて彼がパーフェクト人間すぎることに気付かされたけれど、芸術面ではそれ程でもなかったなと思い当たって、ちょっぴり笑ってしまった。世の中に完璧な人間なんてそうそういないのだ。だって少しくらい欠点があった方が人間はおもしろいし、可愛くて飽きない。まぁでも奥さんに芸術センスは関係ないか。うんうん、悪くない。っていうかむしろもう武藤 隆一郎でいいじゃない!


「つーか腹減ってんなら少しは手伝いやがれ」


訂正、加えてこの口の悪さがなければ更に良かったのに。でも丁寧な瀬方さんはそれはそれで怖いので、僕には軽口が叩きやすいこれくらいが丁度いいのかなと思う。


「えー、僕、料理できないですもん」

「小学生でも皿出すくらいできんだろーが」

「あっ、そうだそれなら料理に集中してる瀬方さんの後ろからいろいろな悪戯という名のお手伝「おっと手が滑った」

ッカーン!

「いった!」


しゃべってる途中でキッチンから飛んできたお玉が見事に顔面にクリティカルヒットして、もんのすごいいい音が響いた。ダル○ッシュ有や某ハンカチ王子も真っ青なストライク!
全く手元から目を離さないでこっちに当ててくるんだから避けれるはずもなく、おでこにくっきり日の丸があがった。


「愛が痛いです!あとお腹空きました!ていうかエプロン可愛いです、襲いますよ!」

「うるせぇどさくさに紛れて変態発言してんじゃねー!次はフライパン投げんぞ!!」

「それ明らか熱したやつですよね!?日の丸だけじゃ済まないんですけど!」


もーお腹と背中がくっついちゃったら瀬方さんのせいですからねー!なんて子供みたいにぐずりだした僕の目の前に、コトンとお皿が置かれた。


「ったく、さっさと食いやがれ」


ほこほこと上がる湯気の元は、きれいにドーム型に盛り付けられたチャーハン。鮭とレタスの、赤と緑のコントラストが目にも鮮やかだ。それから、チャーハンに合わせた薄めのコンソメスープだった。黄金色のスープはキラキラと、さぁ食べてくださいと言わんばかりに輝いている。忘れていた腹の虫がまた暴れ出した。
向かいに座る瀬方さんは口では色々言ってたけれど、しっかり僕のためにクルトンを用意してくれている(瀬方さんはスープにクルトンは入れない)。この人は、なんだかんだいって根っこの部分はとても優しい。
さっきの妄想も相俟って、くすぐったいけど暖かいものが心の奥底から体全体にじわりじわりと緩やかに侵食してくる。

瀬方さんと、春の日差しと、おいしいご飯と、お気に入りのテーブルと、色違いでお揃いのコップと。
そこにいるだけでワクワクするような、好きなものばかりが溢れた夢みたいな空間。
永遠なんて存在しないことは解っていても、ずっとこの幸せが続けばいいのにと思わずにはいられない。けれどせめて、できるだけ長く瀬方さんと一緒にいたい。彼が居てくれれば、何でも素敵に見えるんだから。



(ああ、そうだ)

「、瀬方さんっ!」



お揃いはいかがでしょう!
(それは所謂ひとつの証)



「…は?」

「あ、えっと、だから、瀬方 隆一郎じゃなくって、武藤 隆一郎になって、僕とお揃いになりませんか?」

「んだそれ、プロポーズ?」

「そう受け取ってもらえたら嬉しいです」

「ふーん。冷めるぞ」

「それだけですか!?」

「言っとくけど、貴重な休みの日にわざわざ嫌いな奴のところにメシ作りに行く程、俺はヒマじゃねぇからな」

「…え。それってつまり」

「ま、考えといてやる」

「っ、せ、瀬方さぁぁぁあん!!」

「いいから早く食え!」










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