(源田視点)
「お前もあんな顔すんだなあ」
手ぬぐいで汗を拭いながら大工仲間の辺見が笑う。休憩に長屋の人が出してくれたお茶を啜り「え?」と聞き返すと笑顔のまま隣に座るなり置いてあった団子を頬張った。
「ほら昨日、えらい形相で遊女見てたろ」
「…そうだったか?」
遊女・・・遊女?そこでああと思い出す。窓辺に煙管を持って座る麦藁色の髪の姿を。しかしそんなに凄い形相でもしていただろうか?浮世離れしているような姿だったなとまたお茶を啜る。
「ああ、凄かったぞ。お前も遊郭とか興味あんのか?」
「いや…、見覚えがあった気がしただけで別に興味など」
特に知り合いだとかそういうわけではない。何故か不快な思いを抱いたのは確かだ。遊女に偏見があるわけではない。あれも生き抜く術なのだから。けれど違う、どこかで見たことがあるような、そんな僅かな恐怖を纏ったあの空気は一体なんだったのだろう。
「そんなこと言う奴に限って火なんか放つもんだ」
「大袈裟だな。第一俺等のような大工はそんな金ないだろう」
辺見は団子を飲み込むと口をひん曲げて肩を竦めただけだった。
「そんなてめぇらに朗報だ」
突然ゆらりと影がさして見上げる。
「親方…どうかしましたか」
「まあついて来い」
にたにたと企むような笑顔に多少気味の悪さを覚えつつ辺見と顔を一度見合わせて立ち上がった。
「どうも、吉良さん。連れてきやしたよ」
「ああ、ご苦労様だったね。座って」
こじんまりとした茶屋に導かれ店を見渡せば恰幅のいい人が微笑みながら机へと招く。
「さ、源田、辺見。座れ」
「…、失礼します」
「失礼します」
恰幅のいい吉良さん、とよばれた彼は穏やかな笑顔を浮かべている。なんだと言うのだろう。
「壁を替えてくれてありがとう。助かったよ。焦げてしまった部分以外も替えてくれたんだって?」
「え…、あ…」
「ああ、私は火事があった遊郭の隣に店を構えてるんだ。着物のね」
そう言われてやっと合点が行く。確かに焼けた遊郭の隣にはそんな店があった。幸い火それ自体は広まる前に消し止められ隣接した家屋は煤を被ったりやや壁に焦げた後が残ったものの燃えはしなかった。仲間の大工達は焼け跡を片付け建て直しにかかっていたが少し遅れた俺達は親方に言われ、その周りの家屋の作業に二人であたったのだった。なかなか重労働だっただけに礼を言われるのは嬉しい。
「本当にありがたくてね…。お礼をしなきゃ気がすまない性なんだよ」
吉良さんは言いつつ親方にどうだい、と尋ねる。親方は最初こそ申し訳なさそうに断るそぶりを見せたものの快諾した。まあそりゃ俺達をここに連れて来ている時点でそのつもりなのだろうけど。辺見と苦笑しながら顔を見合わす。
「ああ、もちろん君達もだよ」
突然顔を向けられびっくりする。俺達も?不思議そうな顔でもしていたのだろう、吉良さんは「功労者を呼ばなくてどうするんだね」と笑う。
何も言えないでいると吉良さんは構わず続けた。
「本当なら遊女の座敷を用意させたいんだがここ一番の遊郭は燃えてしまったし他の遊郭も物騒だってここ二、三日は休みらしい。でも私が明後日までしかこっちに居なくてね」
「へぇ、そいつは残念です」
親方はいつもの威厳などどこ吹く風で機嫌を損ねぬように愛想笑いを浮かべる。俺はほっとした。正直遊郭だなんて興味はないしあんな場所になど行きたくはない。ところが吉良さんは予想にもない一言を放ったのだ。
「代わりに明日になるがとびきり素晴らしい座敷を用意するよ。…陰間のね」