いろはにほへど4 | ナノ

(立向居視点)

ここには色んな理由で人が集まる。遊女側で言えば借金の所為だったり男色だったり舞台の女形になるための修行で入れられていたり。客側で言えば奇怪さを求めてくる人ややはり男色やたまには女の人だって来る。遊郭内には遊女が居てその他には禿という遊女の身の回りの世話をしたりする人や食事を作るような人や俺みたいな髪結いもいる。

「あきさん、そろそろ道中ですね」

「あー・・・そうだな」

眠そうな目でぼおっと鏡を見ているあきさんの顔をちらりと見てまた髪に視線を戻した。いつ見ても綺麗だなあと思う。ややくせっ毛の髪を櫛で丁寧にといていくつかに分け結っていく。ここのところ痛んでいるのは遅くまで芸事の練習でもしているからだろうか。髪を撫でる。

「その時は立向居が結ってくれよな」

「俺でいいんですか」

「お前がいーんだよ」

にいと鏡越しに笑いかけられ嬉しさに胸がじわりと熱くなった。ありがとうございますと言うとただただ笑うあきさんはやっぱりどうしようもなく綺麗で、そんなあきさんをどうしようもなく好きだと思った。


道中をしたその日から遊女は客を受けなければならない。正直な所好きな人が体を売る仕事だと言うのはもちろん嫌だし祝いたくなどないのだけれど祝うのならば俺が一番がいいと独占欲にも似た感情が頭を支配する。手は慣れからか髪を自然と結いあげて気づけばあとは簪をさすだけだった。


「あきさん、目、閉じて下さい」

「あ?別にいいけど。…なにすんだよ」

「いいからいいから」

目を閉じたのを確認して懐から和紙に丁寧に包んだ簪を取り出す。かさりと乾いた紙の掠れ合う音、懐に入れていたのにどこかひんやりと冷たい簪。そっと持って髪を崩さないようにしてその簪を挿した。

嗚呼、良く似合う。

包んでいた和紙を綺麗にたたみなおして大切に懐にしまう。顔を上げればあきさんの髪に外から桃色から橙色、そして黄色へと色を繋ぐ簪が輝いていた。簪の端、花が彫ってある部分を指で撫でるように滑らせてから一度瞼を下ろして肩を叩く。

「いいですよ」

「結局なん…、おい、これ俺のじゃねぇよ」

「俺からの御祝いです。あきさん…おめでとうございます」

「……ありがとな」

喉が縮まったけれどなんとか言い切った。微笑むことも出来た。上出来だ。あきさんは驚いた顔から一度顔を伏せて静かに笑う。締め付けられるような苦しさを紛らわしたくて簪を指差した。

「なんの花か知ってます?この彫ってる花」

「わかんねぇなあ。そりゃ書道や茶道や華道や読み書きは習ったけどよー…」

「秋海棠、って言うんですよ」

「しゅーかいどー?聞いたことねぇな」

「最近中華から入ってきたんですよ」

「へぇ・・・綺麗だな」

貴方の方が綺麗なんですよとは言えずに鏡越しに微笑み返した。「立向居ー次はこっちもしてくれよ!」「はい!」返事をしてからもう一度あきさんに向き直って頭を下げた。あきさんは立ち上がってじゃあなと席を後にする。それに背を向けるように俺は次の仕事にとりかかった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -