いろはにほへど | ナノ

(あき視点)

あんな売り言葉買うんじゃなかったかな。はぁと溜息をついて視界に入るのは赤い鼻緒に結い上げた髪の影。どこからどうみても遊女にしか見えないだろう。どうあがいたって男なのにな。そんなことを考えながら歩いていると肩がどんとぶつかって顔を上げる。

「あ・・・すみません」

「いってぇーよ、ああ?」

見るからに柄の悪そうなおっさんが二人。そっちも悪いだろうが・・・。おっさんはガンを飛ばしてきたと思ったら急ににやにやと笑い出す。お、これは本当にまずい。逃げようとして慣れない下駄に足が縺れる。

「お嬢ちゃん遊女だろ?慰めてくれよぉ」

げらげらと品のない笑い声に辟易する。手首を思い切りつかまれて店と店のせまい隙間に連れ込まれた。どうすればいいだろうか、まだ男だと気づいていないようだし。声を出せば気づかれるとは思ったのだが案外そうでもないらしい。普通ならここで蹴り倒すなりなんなりできるのだが今回にいたってはそれは出来ない。もしここで俺が手を出したらはつ姐に迷惑がかかるのだ。一生懸命俺の道中の準備をしてくれたその努力を踏みにじってしまう。だからここは大人しくしないと・・・。

くそ、吐き捨てて今出来る限りの抵抗をするが思い切り壁に押さえつけてくる。絶体絶命だ。

「やめろ!離せ!」

「言葉遣いがなってないな。ほらお仕置きしなきゃなあ」

また下卑た笑い声が響く。それもつかの間悲鳴に変わった。目を見開く。眼前を赤が散った。

「ぐあっ・・・!!」

「てめぇなにしてんだ!」

「・・・嫌がる女にたかるとはよほど俺に殺されたいらしいな」

顔を向けると太陽が眩しくて目を細める。逆光でよく見えない。静かに刀を持ち直す音が聞こえて男たちは慌てて駆けて行った。・・・助かった。息をついて肩を撫で下ろす。

「大丈夫だったか?」

「ああ、ありがとう。助かった」

自然と微笑むことが出来て自分に感心する。男は俺の前へとやってきた。ようやく顔が見えたせいでまじまじと見てしまう。どうやら武士で間違い無さそうだな。にしても顔綺麗だなコイツ・・・でも眼帯なあ・・・そりゃ逃げるわ。高く結われている水色の髪が風に揺れて綺麗だなと思う。

「いくら遊女でもこの辺りをそんな格好で出歩くもんじゃない」

「・・・、気をつけます」

コイツもまだ女だと思ってやがる。まぁそのためにこの格好で出歩いたんだから上手くいったといえば上手くいったのか。うっかり「似つかわしくない」言葉が出そうになって、代わりに丁寧に頭を下げた。その場を去ろうとしたら後ろから声をかけられる。

「名前は?」

「・・・あき。あきです」

「あき、か。どこで働いてるんだ?」

「・・・、まだ新造でございますので」

こんな真面目そうな武士も遊郭に通うのだろうか?不思議に思いつつ振り返りかえったが店の名前を言うことは気が引ける。なんていったって俺の働くのはそこらの遊郭とは違うのだ。そいつの片目が赤くぎらりと闇に光っているように見えた。

「誰の?」

「失礼いたします」

しつこいな、関わるのはよそうと思ってその場を駆け足で後にした。追っては来ない。俺はまたふぅと溜息をついて帰路についた。



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