(立向居視点)
どうよ、と綱海さんが包みを広げて簪をいくつも取り出す。その美しさに思わず息をのんだ。
「綺麗ですね…」
「だろぉ、ちょっと手に入れんの苦労したんだわ」
屈託なく笑う彼に笑顔を返そうとして顔がひきつったのはあきさんを思い出したからだ。彼は、綱海さんに抱かれたのだろうか。なんて、野暮な疑問はそれでもまだ少しでも近くにあきさんを感じていたいだけなのだ。
「どうした、ぼおっとしてさ。買わないのか」
「あ、いえ、すみません。じゃあこれと…これ、それからこっちは対で」
「毎度ありがとな。…あ、そういやあの簪誰かにやったのか?」
「はい?…ああ、あれですか」
ほんの先日あきさんに自分の気持ちを押し付ける代わりに押し付けた簪を思い出す。あれは彼のつてで職人さんに作ってもらったものだ。
「特別な奴なんだろ?」
「はい…まあ。いいじゃないですか綱海さんには関係ないですよ」
あきさんを抱いたあんたなんかに関係なんて、そう、これっぽっちもない。知らなくていい。
つまらねぇなと眉を下げて笑う彼を見送ってから自室に戻り箪笥に買ったばかりの簪をしまう。ふと千歳緑の包みが目に入って手にとると重みに安心し布を丁寧にめくる。あきさんにあげた簪と一寸の狂いもない簪が一本。これくらいは許して下さいよと心内であきさんに苦く笑って再び包んで懐にしまった。今日はこれから団子でも買いに行こうかと草履を穿く。覚悟はしていたけれど好きな人が他の男に抱かれたなんて考えただけで反吐が出るな、気づけばため息をついていた。
「あれ、立向居…今から出るのか」
ふと顔を上げるとあきさんが不思議そうに見てきた。どうやら外に出かけていたらしい。
「ああ、はい。…具合悪いんですか?」
「あー?そう見える?」
どことなくげっそりとしているように見える顔を覗き混めば、はは、と渇いた笑い声。
「まあ昨晩が大変だったってことにしとくかな」
眉を寄せた後に肩を竦めては俺の横をするりと通って行った。根が生えたように動けなくなって苦しい。耳鳴りがするようにぐわんぐわんと周りの音が歪んで静かになる。
「…はは、きつい…なあ」
胸元を掴むと簪が鈍く痛みを生んだ。