わがよたれぞ5 | ナノ
(あき視点)



「あ、悪い。立向居いるか?」

「…居るけど…知り合いなのか?」

まぁな、と綱海が間延びした返事をする。とりあえず店先まで見送ろうとしたが予定変更だ。こっちと視線を送りつつ来た道を戻る。今の時間なら立向居はきっと簪でも磨いてるだろう。

読みは当たったらしい。声をかけると簪を布の上に置いてこちらに歩いてきた。

「あきさん、おはようございます。…あ、綱海さん、いらしてたんですね」

「おう。久々だな!ところでよ、早速だけど良い簪が入ったんだ」

どこか不機嫌そうな顔も商売道具に直ぐ笑顔になる。いや、俺の勘違いか?にしても…綱海の商売相手だったとはな。

そこで席を外して自室に戻った。昨日は事に及ばなかったし着物もたいして乱れていない。今日は休みを貰っているし何をしようか。そこまで考えて源田の顔が思い浮かんだ。まあ見に行ってみるか、暇だし。




「…は」

「や、だから源田は京に仕事にいっちまったよ」

「…帰りは?」

「分かるわきゃねーだろぉよ。殊更あいつは真剣に大工やってんだ、そう生半可な気持ちで一から建てようたぁ思わねぇさ」

つまり長くかかるってこった。そう付け足した名も知らぬ大工は手刀を切って謝るとまた作業へ戻って行った。なんで何も言わずにいっちまうんだよ。会いたかったって泣いてたのはどっちだ。散々喜んでたくせに、今度はお前が勝手に消えちまうってちっとも笑えねぇよ。

「あんの馬鹿が」

思わず悪態を付き、源田が居なかったことに自分が動揺してしまったと否が応でも気づかされて愕然とした。会って何を話そうだの用事は清々しいほどに見当たらなかったのに不思議なもんだ。短く息を吐いて仕方なく町の方へと歩を進めた。あの愛想も口も悪い団子屋でも行ってやるか。

「いって」

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

たいして痛くはないのだが反射で出てしまった言葉に女が藍色の頭を下げる。咳払いをして言葉遣いに気をつけねばとひそりと自分自身に言い聞かせる。

「別に大丈夫ですよ」

「春奈姫様、大丈夫でしたか?お怪我は?」

「ないのよ、だから佐久間さん落ち着いて」

「あ」

見覚えのある眼帯が女の隣に映る。上げた声に佐久間と呼ばれたいつだかの侍はあのぎらぎらした瞳で俺を見た。嘘だろ、勘弁してくれ。

「あら、お知り合いの方?」

春奈姫様と呼ばれた女が微笑むがどちらも何も言わないので何をどう勘違いしたのか急に慌て出して俺の肩を掴む。

「違うの!佐久間さんは私の家に仕えて下さっているお侍様で、貴女が勘違いなさっているような間柄ではないのよ!」

気圧されて何も言えずに居ると佐久間が笑った。

「知り合いですが恋仲ではありません。名前も知りませんから」

「えっ…あ、ああ、そうだったのね。ああ私ったら早とちりを」

項垂れた女に「別に」とだけ返す。店に出る時の格好をしているからかやはりここでも女扱いであることに思わず苦笑した。それともこいつらの目が節穴なのか。だいたいこいつと恋仲?ふざけるなと言いたくなる、というか勘違いも甚だしい。下手に噂が広まって雇われなくなったらどうしてくれるんだろう。まぁそんなことこの女が知る由もないけど。綺麗な真っ白い肌に丁寧に品良く着飾っていて苛苛した。金持ちだか知らないが反吐が出る。余計なことを言う前にその場を後にしようと脇を通り過ぎようとしたときに腕をつかまれて重心が傾いた。

「お前花街にある稲妻屋の者だな」

「…、そうですが?」

「気になったまでだ。それと、」

さらに引っ張られて耳元で囁かれる。視界の隅の女が不思議そうに首をかしげた。どうやら彼女に声は聞こえないらしい。

「俺の主人は衆道だ」

「…どうぞご贔屓に」

思わず舌打ちしそうになるが堪えてつかまれた腕を代わりに睨む。そうして漸く話された手首を反対の手で摩りながら今度こそその場を後にした。あの野郎調べやがったな。「そういう男」だなんて知られたくなかったのに。ああ全く本当についてない。茶屋に行く気もうせて結局帰路についた。

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