(綱海視点)
「あきつったっけ。初めてみる顔だな」
部屋に入って後ろを付いて来たそいつに声をかける。
「あい、綱海様。はつが姉女郎にございますのでそれでかと」
「そっか、なるほどなぁ。俺引っ張りだこの奴は抱かない主義なんだよ、悋気が面倒くさくてさ…はつのとこってなると売れっ子か?」
「いいえ、昨晩初見世を済ませたばかりでございます」
淡々と答える表情は涼しげでその顔を余裕なんかなくしてしまいたいとぞくぞくする。大きくて強気な目がすげぇ俺好み。美人だな。昨日初見世を終わったばっかって事は俺が二人目ってことか…面白い。
「で、よかったか?初めては」
「…他のお客様のことは」
「ま、そーだわな。いいぜ」
ぐいと思いのほか細い手首を引っ張って抱き寄せる。綺麗な形の耳に噛り付くと小さく声が上がった。
「んなもん忘れさせてやる」
俺がお前の一人目ってのも面白いだろ。
「待っ…ん」
無理やり押し倒して抗う声を口でふさぐ。薄い唇は冷たくてねじ込んだ舌との温度差が気持ちいい。口の中かき回して舌を絡め取ったら段々面白いくらいにあきの力が抜けていくのが分かる。唇を離すと伝う銀糸があきの口端に零れた。それを笑って舐め取るあきにたまらなく欲情した。妖艶っつーのはこういうことを言うんだろうな。
「お前気に入ったわ」
あきの上から退いて引っ張り起こす。「綱海様?」怪訝な顔で首を傾げるあきの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。少し慌てたような表情に胸が高鳴った。こんなのいつ以来だろうな。
「今日は抱かねぇ、昨日の初見世で今日が俺だったらお前3日は立てないぜ」
「随分と自信があるんですね」
「まぁなー、つか実際そうだったことあるしな。それと敬語なし。堅苦しいの苦手なんだわ」
「…いいけど。んで今日は抱かねぇのかよ」
「おう、言ったろ、気に入ったって」
「はぁ?気に入ったんなら抱くだろ普通」
「普通じゃねーのが俺なの。気に入ったから適当な気持ちで抱きたくねぇの」
「…あ、そ。どうも」
「お前敬語なしになった途端言葉遣い最悪だな。ま、いいけど」
結構真面目に話してんのにあきの顔は喋れば喋るほど呆れたような顔になっていって言葉遣いの悪さが目立つ。取り繕われるよりはよっぽどましか。そういえばと思い出して煙管を懐から取り出す。口に当てるとあきは流れる動作で火を持ってきた。煙がゆらゆら昇る。
「俺のこと知ってっか?」
「…羽振りが良いってことくらいかな」
「間違っちゃねぇな。俺は綱海条介、基本南蛮の奴らと商いしてたんだけど鎖国したろ?今は地方で仕入れた奴を江戸に流すのが俺の仕事」
「南蛮?凄いな」
「だろ。まぁ出身が…いや、なんでもねぇ」
意外に食いつきがよくて笑ってしまう。きっとあんまり外見たことがねぇんだろうな。
「海に出たりするのか?」
「もっぱら海だな。海はいいぜ」
「…見たことねぇ」
眉をひそめた姿につられて眉を寄せる。海を見たことがない?ほぼ毎日海で商いをしていた俺にとって狂気の沙汰にさえ思える。
「それなら俺が外見せてやるよ」
ぎょっとしたようにあきが目を見開く。こいつってこんなに目が緑なんだな。深い深い海みたいな色で思わず煙管を持ってないほうの手で頬に手を当てて目を舐めた。短い悲鳴が耳に刺さって我に返る。驚いて顔を離すと真っ赤になって涙目になってるあきがいた。軽く肩を竦める。
「わり、海みてーな色だったからつい」
「わ、わっけわかんねーよ」
「はは、落ち着けって」
飛びのくようにあきが後ずさってこいつ本当に遊女修行したんだろうかと心配になる。きっと俺じゃなかったらぶちぎれて無理やり寝てるはず。あきを手招きするとおずおずと近くによってくる様が面白くて可愛いなと思った。頭を今度は優しく撫でてやる。
「俺お前に惚れた」
あきがぴくりと体を揺らす。表情を伺うと警戒するような色は見当たらない。柄にも無く緊張していることに気づいてもう一度煙管を口に運んで息を吸う。ふぅと煙を吐き出すといくらか落ち着いた。
「だから絶対お前をその気にさせてやる」
「それは楽しみだな」
あきがにやりと口角をあげる。やっぱり余裕ぶってるのが気に障ってめちゃくちゃにしてやりたくなる。頭を撫でていた手が気づいたら髪を握っていて無理やり上を向かせて口付ける。今度はさっきよりも乱暴にかきまわして何度も角度を変えて執拗に舌を吸う。
「ん…っふ…ぁ」
「どーよ。ま、楽しみにしとけ」
熱っぽい視線が返ってきて胸がざわざわ騒ぐ。けどそれは今度のお楽しみ、っつーことで。つかんでいた手を離して適当に髪を梳いてやる。猫みたいに目を閉じて気持ち良さそうにするのが妙に餓鬼っぽくてあきの印象がまた増える。とりあえず煙管を煙草盆に置いて二人して寝転がる。まだ少し肌寒い季節だなと言うとあきが笑って布団をかけて抱きついてくる。そういうとこは遊女らしいんだな。頼むから早く落ちて来いよ、あき。