わがよたれぞ2 | ナノ

(源田視点)

ああ、本当に夢みたいだ。不動の声を背に店を出る。早朝の空気は張り詰めているようで少し肌寒さを感じた。仕事場への道のりを歩いていても昨晩の情事が頭から決して離れようとしなかった。しなやかな肌と濡れそぼった瞳を思い出して慌てて頭を振る。気を失った不動を腕に抱きながら最後まで眠れなかった。本当は言いたい事が沢山あった。ずっと探していたことも、ずっと好きだったことも、忘れられなかったことも、願わくばあんなところから連れ出したいということも、全部全部。それなのに口から付いて出るのは安っぽい言葉になりそうで、不動の気持ちも分からず自分の気持ちをぶつけるのが怖くて結局何も言えず仕舞いだった。不動はいつの間にか全く知らない人のようで怖いとさえ思った。それでも好きだと全身が訴える。溜息をつくとどんと肩がぶつかる。ここのところまぁ考え事をしている俺のせいなのだがよくぶつかるなと思いつついつの間にか伏せていた顔を上げると派手な桃色の髪が目に入りぎょっとする。まずい、かぶき者だ。ど派手な髪色にど派手な着物を着崩して褐色の肌をしたそいつが俺を見る。

「んあー・・・悪い、大丈夫かー?」

「だ、大丈夫だ・・・その、すまない」

「いーっていーって気にすんな。そんじゃ」

にっと人懐こい笑顔を見せられ安堵する。想像していた展開とは違ってやや拍子抜けするけれど本当に良かった。最近のかぶき者は本当にまずいからな。再び仕事場へと足を進めた。



「一寸いいかな、源田君」

「・・・あ、はい。なんでしょう吉良さん」

長屋の建て直しに合流し仕事をしていると穏やかな笑みを浮かべた吉良さんが手招きをする。汗を肩にかけた手ぬぐいで拭きながら近寄ると吉良さんがここは少し、と人気の少ない路地へと誘う。ついて行くと吉良さんは声を潜めて言った。

「お願いがあるんだよ」

「なんでしょう。俺に出来ることなら」

「こんど私の着物の店をね、京の方へ暖簾分けしようと思うんだよ。その店を是非源田君に建てて欲しいんだ。もちろん一からね」

「えっ・・・京、ですか」

「そうだ。君は親方さんに聞いても一番腕が良いと言うし」

「ですが俺は・・・」

こんな時だというのに不動の顔が過ぎって折角再会することができたのに又会えなくなるのではと焦り汗が背中を伝う。一から建てるなどどれほど時間のかかることか。

「そういえば昨日、どうだったかな・・・あきは」

吉良さんが目を細めて笑った。

「本当は私が客だったんだが、てるの我侭でねぇ、あ、てると言うのは麦藁色の髪の一番の美人なんだが、あきを君に譲ってくれないかと言うものだから泣く泣く諦めたんだよ」

「そ、んな」

「可笑しいと思わなかったかい?一介の大工がたった一度だけ訪れて道中をした遊女を抱けるとでも?」

くすくすという笑い声が耳を撫でる。「仕事分こっちが先払いしたと思ってもらって構わないよ」ぞうっとして言葉が出ない。そうだ、そうに決まってる。俺が抱けるはずなど本当は無かったのだ。それを俺は何という勘違いを。運命だなんてそんな大それた思いを抱えてしまったのだと気づかされ羞恥で顔に血が上る。

「・・・お引き受けいたします」

「そうかい、すまないねぇ。じゃあ早速で悪いけれど明朝そちらへ向かってくれるかい」

「明日ですか・・・」

「もちろん。道は一人案内役をつけるから頼んだよ」

吉良さんがすうっと隣を通り過ぎて行く。どっと疲れが押し寄せた。恥ずかしい、恥ずかしい。どうして俺が不動を連れ出すことなどできようか。一介の大工が、本来なら花街に来る金すらない男が。どうして身請けなど申し出ることが出来ようか。言わなくてよかった。
でも本当は、どうしてもお前が欲しいんだ。それが叶わないと知りながら想い続ける俺を不動が知ったらなんと言うだろうか。それとも何も言わないだろうか。言うつもりなど無いのだけれどもしそんな事があればせめて情けないと笑って欲しいと胸が苦しくなった。









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -