(あき視点)
とうとう茶屋が見えた。慣れない高下駄は疲れるしどんなに綺麗な仕掛けも着てしまえば重いだけだ。でも今からが一番大変なのだからこの疲れは悟られてはいけない。客と聞いている吉良さんはそこそこ高齢、らしい。もしかすると酒を一緒に飲むだけで寝なくていいかもしれないと期待しつつ店へと歩みを進める。店を入ってすぐそこに俺の初めての客が座って待っているだろう。宴会を終えた吉良さんが。高下駄の音が響いて酷く煩い。敷居に躓かないようにと視線を落とすと帯で足元は視界に捉えられなかった。ぶわりと光が一度に溢れる。一歩、二歩、そこで礼をして顔を上げた。
「あきにございま…」
なん、で。
目を疑った。こんなことって、そんな。嘘だろ。見覚えのある、いや、一度も忘れることなどなかった顔、頬を走る橙は幾分かすっとしたように思う。やや後ろに柱にもたれかかったてる姐が見えた。その唇は心なしか意地悪く弧を描いている。もう一度視線を目の前の客に戻した。
「…あきにございます。この日を待ち侘びておりましたよ…、源田様」
名前を呼ぶと一層見開かれた瞳が揺れる。てる姐が笑みを浮かべたまま廊下の置くへと消えて行った。何をしたかは知らないが余計なことしやがって。
「床に参りましょう」
源田が下げていた眉をきゅっと寄せた。やめろ、頼むからそんな目で見るな。
襖を閉めて敷かれた布団わきへと座る。源田は居心地悪そうにそのでかい体を小さくして正座する。視線がかちあった。「お前…」源田が口を開く。
「お前、不動だよな」
「…あい、源田様。ここではあきと呼ばれてます」
「そう、か。なあ…その喋り方止めないか。様付けもいい。落ち着かないし…」
気まずそうに言われて思わずため息をつくと肩の力も一緒に抜けた。
「なんで源田がこんなとこに居るんだよ」
「吉良さんと親方に言われてな、断れなかった」
ふぅん、相槌をうつと辺りの静けさが気に障る。もう外は暗い。月光りがゆるやかに窓から漏れその中に佇む源田を見て夢みたいだと思った。
「夢みたいだ」
肩がはねた。一瞬思ったことを口にしたかと思った。源田が続ける。
「ずっと探してた。もう会えないかと思っていたのに…会えるなんて」
俺は、こんな所で、こんな格好で、お前に会いたくなかったよ。
「…俺も会いたかったよ」
源田の頬に涙が走る。月光りに輝いて綺麗だ。無理に笑顔を作ったらつられて泣きたくなった。