(立向居視点)
ガコン、高下駄が鳴る。お付きの禿や番傘持ちを従えて、桜があしらえられたとびきりの仕掛けを着飾ったあきさんが道を練り歩く。その気高さと美しさに人は一様に息を呑み上気した頬を綻ばせていた。どこか誇らしいような嬉しい気持ちと寂しい気持ちが入り混ざって人混みの真中をゆっくりと歩く彼が遠く遠くに見える。
「立向居、流石だな。あきの髪いつもより綺麗だ」
はつさんがすっと隣に立って笑った。ありがとうございますと頭を下げる。次に顔をあげたときにはその青い髪に隠れて表情は伺えなかった。やはり寂しいのだろうか。あれだけ可愛がっていた新造が道中出しとなればもう少し喜んだって良いはずだから。
「あきさん…綺麗ですね」
「ああ。立派になってさ…昔が懐かしいな」
「あきさんってはつさんが連れてこられたんですか?」
「いいや、女将さんとてるだよ」
驚いて思い切り横を向いてしまう。初耳だ。はつさんが肩を竦めて笑う。
「てるとあきは凄く仲が悪くてさ、懐かなかったんだ。しかもてるは一回禿のあきを下働きに格下げしたくらいだしね」
あの人ならやりかねないなあと苦笑した。あんな綺麗な人を下働きだなんて。ということははつさんがあきさんをもう一度禿に戻したのだろう。それで辻妻が合う。そういえばてるさんは今頃宴会の座敷に居るんだっけ。あとどれくらいであきさんはそこに着くだろう。あとどれくらいで客を取るのだろう。こっそり手の甲を抓って逸れた思考をもとに戻す。
「でもはつさんとは凄く仲良いですよね」
はつさんはこれまた困ったように笑った。ううん、と唸って顔を俺から背ける。俺も倣って前を見るともうあきさんの後ろに続く禿達しか見えなかった。夕日に向かって歩いている彼らはもうぼんやりと薄暗い。微かに簪が輝いて見えた気がした。
「姉女郎、だからかな。それとも父親か分からないけど」
何も言わずに静かに耳を澄ませるとすん、と小さく鼻を啜る音が聞こえてなんだか泣きたくなった。
嗚呼、こうしてあなたは俺達から遠のいていく。影がゆらゆらと揺れて桜がはらはらと散った。あなたはどれほど美しく微笑んでいるだろうか。