ちりぬるを2 | ナノ

(源田視点)

不動明王はそれは大層な名前だと敬遠されていた。町の大人は口をそろえて関わるんじゃないと言いまわった。不動の家の父親は膨らむ借金に耐え切れず冬の寒い朝にその消息を絶った。母親は最初こそ悲しみにくれていたが一人息子を父親と違って強く育てようと躍起になっていたらしい。家にあるものは全て売り不動の家は家具らしき家具はないという噂さえあった。俺はそんな不動が気になって仕方なくてそれはまるで見てはいけないと言われれば言われるほど見たくなるようなものだった。


長屋の隅に壁にもたれかかるようにして立っている不動をじっと見つめた。暫くそうしていたせいか面倒くさそうにその顔が上げられ舌打ちをされる。

「なんだよ」

日陰からのそりと出てきて俺を睨み上げる。太陽がその顔を照らしてあまりの白さに寒気が走る。こいつ大丈夫なのか。ちゃんと食ってるのか。ところがその瞳は強く大きく光に照らされ透通るような不思議な深緑で思わず息をのんだ。

「じろじろ見てんなよ」

「すまない・・・綺麗だと思って」

本当にその目は惹きつける何かがあって食い入るように見る。気づくと不動の顔はじりじりと赤くなって思い切り足を踏まれた。痛い、と反射的に足を引っ込める。

「ばーっか俺は男だ!」

言い捨てて走り去る背中を見て思わず笑う。気丈に振舞っていてもやはり同じくらいの歳だろう、それ相応の態度になぜだか酷く安心してもっと話してみたいと思った。
それからは不動に毎日声をかけた。面倒くさそうにしていてもどこか嬉しそうな顔をするから俺も嬉しくていつからか不動が俺の中心だった。家に帰ればまたあんな子と遊んでと打たれる時もあった。それでも気にならなかった。俺が殴られた痕を下唇をかみながら見る不動も好きだったし不動に必要とされることで安心していた。

「源田は大工になるのか」

「ああ、後を継がなきゃいけないし。そうだ、一流になったら不動の家建てよう」

「はあ?」

「風にも軋まないし雨も防げるぞ!」

「お前失礼な奴」

その時不動が呆れたように笑った。

「でも」
「お前の建てた家なんて」
「誰も住まないと思うし」
「住んでやってもいーよ」

そっぽを向く不動が可愛くて、その言葉が嬉しくて「約束だ!」と声を張り上げた。

次の日、不動は俺の前から姿を消した。

母親は首をつっていた。異臭が放たれるそこには最初こそ迷惑そうな顔が並んでいたがもう誰も居なかった。誰も姿を見せない不動を気にもかけなかった。どうせ母親が首をつっているならその前に息子を殺しているだろうくらいにしか思わなかったのかも知れない。もしかしたら不動が家の中に隠れてるんじゃないかと思って入ろうとしたけれど怖くてかなわなかった。

「酷い母親。あーあ、可哀想に」

突然声がして何故か物陰に隠れてしまった。家から人が出てくる。足だけしか見えないがそこに三人居るのだと知る。

「女将さん。この子でいいんですか、借金の担保って」

「そうだね。全くあの連中は手荒くて困るよ。へぇ中々整ってる顔じゃないか。人気が出るだろうねぇ・・・歳は変わらないけどお前面倒見れるかい」

「わかりました。あ、痛、こら噛むな!」

「離せ!」

不動だ。よかった、不動は生きている。母親は心中などしなかったらしい。それでもこの男たちは一体なんだ。借金の担保?人気?何の話だ。

「いーの?ここにいたら野垂れ死ぬよ」

「死なねぇよ!」

「着いて来てもらわなきゃ困るんだよね・・・ちょっと黙ってくれるかな」

鈍い音がしてぞっとする。不動の大きく息を吸う音が響いた。思わず目をつぶる。もう指一本も動かなかった。

「女将さんも手荒いなぁ。この子絶対僕と合わない・・・はつにあげよ」

「・・・、まあいい。帰るよ」

ざりざりと砂利が踊る。荒い呼吸が収まらない。じっと草履を見つめて暫くそうしていた。やっとの思いで物陰を這い出して顔を上げる。日差しに目を細めると背負われている不動が見えた。眩しい、頭が痛い、不動が、いなくなってしまう。

「ふど・・・」

不動を担いでいる少年がちらりと一瞬振り返った。






どんと強い衝撃を受け我に返った。極力思い出さないようにしていたのにいつのまにか不動のことを考えていたらしい。よろける相手に手を伸ばし支えながらぶつかったのだと遅れて理解する。簪がゆれた。顔がゆるりと向けられる。

どくりと心臓が跳ねた。

その顔は紛れも無くあの時の不動を連れ去ったその顔に寸分違いなかった。そして俺がいつか睨みあげた顔にも違いなかった。まさか、そんな。どうして今まで思い出せなかったんだ。小麦色の髪が揺れた。

「旦那さん、大丈夫ですか?」

廊下に声が響いて記憶と共鳴するように神経を揺らした。全てが不快感と共に蘇ってくる。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -