ちりぬるを1 | ナノ

(源田視点)

「酒を飲むだけでもよし、上に行って寝るもよし、無礼講だ」

親方が豪快に笑って背中をばしりと叩いてきた。強い衝撃にむせつつ目の前の屋敷を見つめる。どうやらここが目当ての茶屋らしい。ここは俺が間違ってなければあの麦藁色の髪をした遊女が居た店だろう。ということはあれは男だったのか。驚きを隠せないで居ると辺見がわき腹をつついてきた。

「なんだ」

「よかったじゃねぇかよ、この前の美人が居るとこだろ?会えるんじゃねぇか」

「・・・」

別に彼女、いや、彼に会いたいわけではない。この違和感を確かめたいのは事実なのだが。それよりも同じ男ならもっとずっと会いたい奴が居るのにそれはもう叶わないのか。ああ思い出すんじゃなかった。気づくと溜息をついていた。

「吉良様のお連れの方でございますか?」

店から番頭がでてきて親方がかしこまって挨拶をする。「吉良様はもうお着きですよ。さ、どうぞ」そういう番頭についていって親方が店へと入っていく。ここまで来たらしかたないだろうと二人で店へと入った。



「すげ・・・」

辺見が呟いた。俺も頷く。中には庭園があり綺麗に手入れされている。それを囲むように廊下が張り巡らせれ客も遊女も何人か見受けられた。辺りを見渡すとどれも男には見えない。やっぱり普通の遊郭じゃないのか。どう考えてもどう見ても女にしか見えない。

「こりゃ・・・寝てもいいな・・・」

ううんと呻りながら辺見が手に顎を乗せる。それを見て呆れて笑うしかなかった。好きでもない奴と寝るなんて俺からしてみれば奇怪極まりないがそういうもんでもないんだろうなと一人納得する。

「こちらです」

どうぞごゆっくりと付け足され番頭は襖を開けるなりひとつ礼をして急いでいるかのように立ち去る。何か急ぎの用でもあるのだろうかと思うような。まぁでもいつもを知らないからなんとも言えない。部屋に入るとすでに幾人もの遊女と食事をし酒を飲む吉良さんの姿があった。

「遅れてすみません、吉良さん。ちょいと仕事が手間取りまして」

「いやいや構わないよ。さ、座って」

機嫌良さそうに吉良さんが笑う。言われるままに座れば目の前に膳が運ばれてきた。

「みどりにございます、源田様」

「えっ」

「はは、客の名前は全部知ってるんだよ」

驚いて素っ頓狂な声を出すと吉良さんが教えてくれた。そういうものなのかと恥ずかしくなって頭をかくとみどりと名乗った彼はくすくすと笑った。これが同じ男なのか。辺見も親方も同じように遊女に膳を用意され一斉に食事を始める。綺麗に盛られたそれは普段粗雑なものを食べてる俺にしてみれば酷く食べにくくしかも足りない。酒は飲まないし段々座敷が居心地の悪い物へと変わっていくのが分かった。

「ご気分が優れませんで?」

「あ・・・いや、大丈夫だ。・・・それより今日はなにかあるのか?」

心配そうにみどりに尋ねられゆるくかぶりを振る。話題をふるにしても何も思いつかずふと先ほどの番頭を思い出し尋ねてみるとみどりは曖昧に笑った。

「今日はうちの店の新造が道中でございまして」

「道中?」

「一段豪華に着飾って花街を歩くことでございます。それは綺麗ですよ」

「そうか・・・見たかったんだな?」

残念そうにけれど嬉しそうに話す姿になんとなく思っていることが分かってしまった。きっと俺たちの座敷の相手をするよりその道中を見たかったに違いない。図星だったのか途端に慌てたような口調で「旦那様との座敷が楽しゅうございます」と言うものだから可笑しくなって笑ってしまった。

「そういえばみどり、てるはどうしたんだい」

吉良さんの声にみどりが頭を下げた。てる、というのは同じ遊女だろうか。

「すみません、もうじき来るかと」

「そうかい。なんて言ってもてるは綺麗だからねぇ早く会いたいよ」

「ありがとうございます」

もうじき来ると聞けば吉良さんの些か不満そうな顔は晴れ再び酒を飲み始めた。辺見も同じことを思ったのか「てるっていうのは誰だ」と首を傾げる。

「私の姉女郎でございます。それは綺麗な方でうち一番の遊女です」

誇らしいのだろう、とびきり嬉しそうに笑って言うみどりに会ってみたいなあと辺見が返した。やはり俺は居心地の悪いままで一言「ちょっと空気を吸いに」と断って部屋を出た。心配げなみどりが付き添うと申し出てくれたが一人になりたい気分だった。

賑々しい部屋を出て後ろ手で襖をしめる。花冷えのこの時期、廊下ははひんやりと張り詰めていて心地よかった。鼻がつんとする。

会ってみたいなあ、か。目を閉じればおぼろげにある顔が思い出される。俺も会いたいよ・・・不動。


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