いろはにほへど7 | ナノ

(はつ視点)

「とっても綺麗だ」

目の前には華やかに着飾ったあき。桜の見ごろにあわせて着物の柄も桜にした。ああ、本当に綺麗だ。微笑むとあきは困ったように笑う。

「はつ姐のが綺麗だろ」

「いや・・・」

窓から日が差してあきの輪郭がおぼろげになる。目を細めると切ない気がして詰る。

「いや、綺麗だ」

もう一度微笑みなおすとあきはやはり困ったように頬に朱を走らせて笑った。

とうとう今日はあきの道中、つまりは初見世その日だ。着物を着付ける時に散らかした予備の腰紐を拾い上げて折りたたむ。広げた風呂敷の上に並べて簡単に纏めると一人禿を呼んで片付けさせた。しんとした空間にあきの着物が畳に擦れる音が響く。

「いいかい?」

「ああ、てる。どうした?」

襖の向こうでてるの声がして開くと眠そうなてるが突っ立っている。部屋の中のあきをちらりと覗き込むようにしてそれから「まぁましだね」と笑った。あきはむっとしたように眉を寄せたけれどいつも以上に着込んだ疲れからか何も言わなかった。

「決まったよ、あきの客」

「えっ、どの人だ?常連の」

「いーや。そこの着物屋の吉良さん」

「・・・え、そうなのか」

「で、どうやらお世話になった大工さんたちを接待したいらしくてあと一刻したら僕のところで宴会だよ。道中が終わったら僕達はお役御免。あきの水揚げだ」

「そう、か。ああ、わかった。ありがとう」

てるに礼を言うとひらひらと手を振りながら去っていく。しばらくその背を見送って襖を閉めた。あきはめんどくさそうな顔だ。

「吉良さんってどんな人」

「ん・・・恰幅のいい男性だよ」

「おっさんかー」

歯に衣着せない言い方に苦笑しつつそうだねと頷く。それにしても大工の接待にうちを選ぶなんて変わってる。普通ならそこらの遊郭とか、ああ、そうか、火事騒動で閉まってるんだっけ。できれば常連の人が良かったんだけど。せめてあきにとって優しい日であればいい。嫌な思いは極力させたくない。それに接待の延長ならもしかすると酒を飲み交わして終わりかもしれない。そんな一縷の望みにかけている自分が可笑しくてふと息をつく。

「でもその大工もついてるよなあ、宴会だなんて」

「ん?ああ、普通はこれないからな。吉良さんの取り計らいだろう」

「えらい金持ちなんだな」

げぇ、とあきは顔をしかめて舌を出す。

「まあ一概についてるとは言えないけどな」

「なんで?」

「吉良さん、人使いが荒いって噂があるんだ。もしかしたらその大工達も接待の後はこき使われるかもしれない」

「最悪。あー・・・面倒くさいな」

仕方ないけど、そう言って笑ったあきは哀愁を漂わせていて上手く笑えなかった。これからどんどん客を取って客と寝て、ますます離れていって、届かなくなって。今ですら素敵な新造ですねと言われるたびに嬉しくなる反面誰にも見せたくない、誰にも渡したくない、そんな汚い感情が溢れて。自慢の新造に変わりは無いのにどうしても素直に喜べないと知ったらお前はどんな顔をするかな。いい姉女郎であれといつも自分に言い聞かせる為に確認するように何度も自慢の新造だと言う俺に呆れているだろうか。


「・・・はつ姐?」


我にかえって思わず息を呑む。自分の手はあきの頬に添えられてあって息遣いが分かるほどの近さに顔があった。大きく見開かれた瞳に酷く驚いた自分が映る。・・・嘘付け、俺はずっと望んでいたくせに。

「・・・あき、お前は俺の自慢の新造だよ」

もしも俺がここに居なくて、違う形でお前と会って、そうしたら俺は。

「頑張れ。あき」

「・・・頑張るよ」

頬に当てた手はあきの輪郭と一緒におぼろげになって行く。そう、それでいい。こんな気持ち消えてしまえばいい。ずっとずっと俺はお前の姐さんで居てやるよ。苦しい時も辛い時も全部俺に頼ればいい。お前がいつかここを離れるまでずっと。俺じゃない、誰かと幸せになるとしても。いや、万が一にも俺と幸せになる未来なんてどこにもない。

「娘を嫁に出す父親の気分だ」

「女じゃねーっての」

可笑しそうに笑うあき。頬から手を離してもう一度頑張れと言ってとんと胸を押してやる。少しだけよろけて姿勢を立て直したあきの頭を撫でる。

「あき、好きだよ」

「俺も好きだよ。とーさん、なんてな」

「はは、俺の娘はまず敬語を覚えなきゃな」

また可笑しそうに笑うあきを見て目を細める。その向こうの窓を見ると風に桜が舞うのが見えた。





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