降り積もる雪を見て、彼は綺麗だと呟いた。その姿は雪より儚く、そして美しかった。



 
 
「そんな所にいたら風邪引くよ」
 
浴衣一枚の彼の隣に座り、上着をかけると、跡部は「サンキュ」と言って、外の景色に視線を戻す。
 
随分、気に入ったのであろう東北の雪景色を、跡部は熱心なまでに眺めていた。
 
その様子は可愛いのだが、本意を言えば、最後のデートなのだから、もう少し自分を構って欲しい、なんて言えず、黙って外を見つめた。
 
 
雪。しんしんと降り続け、やむことのない雪を見ていると、外の世界とシャットアウトされた気分になる。
 
世間体だとか、そんな色々なこと、そんなもの全て切り捨てて、二人だけの空間に来たような、そんな感覚。
 
まあ、それは現実とは反対で、この旅行が終わったら、俺たちは別れる。
 
そう決めたうえでの最初で最後の旅行。
 
 
しばらくの沈黙の後、跡部さんは、おもむろに口をあけた。

「マリンスノーって知ってるか?」

「マリンスノー…?」


景色に向けられていた硝子玉のような瞳が、いつの間にか俺の姿を捉えていた。

「おう、海の中にも雪が降るらしいぜ」


「…そうなんだ、初めて知った」


「…本当の雪じゃないんだけどな、…白い粒子が海底に向けてゆっくり、ゆっくり時間をかけておちてくんだ。それが、マリンスノー」


見てみてえなと、微笑む跡部さんを見て、ふとある疑問が浮かぶ。


「跡部さん、そんなに雪が好きだったっけ?」


「…いや、そんなんじゃねえよ。ただ、海の中で雪を見れば、現実から切り離されるのかなって思ってよ」


そしたら、色んなことを気にせずお前と居られるのにな、と跡部さんは珍しく弱音を吐き、俺の肩にもたれかかるように頭をおき、静かに涙を流した。

「越前、…好きだ」

「…うん、俺も好きだよ。跡部さんのこと」


「でも、好きや、愛してるだけじゃ、もう…どうもならねえんだ、今の俺には、何人もの人生がかかってるんだ、だから別れなくちゃならないんだ」

跡部さんは自身に言い聞かせるように何度も、何度も呟いた。

その姿は痛々しく、冷たい跡部さんの身体をいつのまにか抱き締めていた。

「マリンスノー…か」

不意にさっきの跡部さんの言葉を思い出す。

「いつか、見れたらいいな」

叶うはずのない願いを零して、空をみあげる。

少しだけ香った春の香りに、一筋涙が頬につたった。


◇ ◇ ◇

マリンスノー。
二人の恋心は、深海に降りそそぐ雪と共に、深く、静かに沈んでいく





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