家の近くの神社の本堂は俺にとって秘密基地みたいなものだった。
お祭りの花火が一番きれいに見える穴場スポットだ。
(――跡部に見せてあげたいな)
そんな淡い思い付きからお祭りに誘った。
それがあんな事になるなんて、思ってもみなかったんだ。
祭囃子に誘われて。
ドンドンヒャララン。
境内が見えてくるにつれ、太鼓の音が強く、響く。
「祭りなんて、初めてだ」
跡部は感心したように腕を組み言った。
「うん、もう少し行くと屋台とか並んでるよ」
跡部はふーん、と興味なさげに返事をしたが、その瞳はキラキラ輝いている。
(跡部も子供ぽっい顔するんだな)
母が用意してくれた紺色の浴衣を着た跡部は俺より遥かに大人ぽっい。
けれど出店をみる横顔は、まだあどけなさの残る少年の顔だ。
「南はお祭りが好きか」
跡部の問いに、俺は大きく頷く。
お祭りの独特な雰囲気。それが堪らなく好きだ。回って歩くだけで、ワクワクドキドキする。
「子供ぽっい、かな」
えへへ、と笑うと跡部も釣られて笑った。
「俺はお前のそういう所が好きだぜ。」
「――――ッ!」
いきなりなんて事言うのさ。
口の中で、もごもごと詰まった言葉がみ込んだ。
当の本人は、俺の気持ちも知らないで、人混みを縫うように歩いていく。
ドクン、ドクン、ドクン。
鳴り止まない心臓の音は太鼓の音に合わせて速く、速く、リズムを刻む。
今、跡部に近づいたら絶対にヤバい。
野生の感。っていうのか、取り返しがつかない失態をしそうで、脚が思うように進まない。
「あれ。南もお祭りに来てたんだ」
「千石!」
そんな中、背後から聞こえたのはよく知った声。
(す、救われたぁ)
救われた気分で跡部のもとから離れて、千石にかけよった。
(―――あれ?)
千石の隣に居る、淡いピンクの浴衣を着た少女。
小さくお辞儀をする彼女に、釣られて会釈する。
初めてみる子。けど、誰かに似ている。
冗談を言う千石に彼女は花が咲くように微笑む。
その笑顔はまるで――。
「――――南、遅い!」
俺の思考は其処で止まった。何故なら、人混みを掻き分けた跡部が仁王立ちで立ってたから。
「――跡、 」
「――跡部くん。」
俺が名前を呼ぶ前に、千石が跡部の名前を呼んだ。
「――キ、…来てたのか。千石」
跡部は何故かひきつった笑顔で千石を見る。
顔からも血の気が引いていている。
「…う、うん。地元だからね。跡部くんも南と来てたんだ」
「 …そう、だったな。彼女、出来たんだな」
「―――うん、跡部君は?」
「俺は、俺はまだ、――」
“俺はまだ”跡部がその後の言葉を言うことは無かった。言わないまま、俯き、俺の腕を引っ張った。
「ワリィ、邪魔したな」
「――うん、」
戸惑う俺を跡部は強い力で引っ張って、歩く。
挨拶しようと振り向いた千石の表情は苦しげで、声もかけれないまま、小さくなる二人を眺めていた。
◇◇◇
本堂近くは出店が少なく、遠くに出店の灯りがぼんやりと見える。
「跡部、―――? 」
漸く跡部は俺の手を離し、力が抜けたようにその場にだらりと座り込んだ。
「取り乱して、悪かった」
跡部はゆっくりと立ち上がり、自嘲的に微笑む。
「――どうしたんだよ」
頭の中で警鐘が鳴った。それ以上聴いてはいけないと。だけど、跡部をほっとけなかった。
「――話したくなかったら」
「いや、大丈夫だ。お前になら、話せる」
跡部はふっと笑って、夜空を見上げる。
「――――付き合ってたんだ。
千石清純と。」
ドン、と上がった打ち上げ花火は、色鮮やかに泣きそうな跡部を照らしていた。