※迷い猫シリーズ
昔から誰かと争うことが嫌いだった。
どんな理不尽なことも
ニコニコ笑って、受け流す。よく言えばお人好しで、悪く言えば、事なかれ主義。
だから、本気でケンカの仲直りの仕方なんて知らないんだ。
全力少年
「暑くて溶けそうだよー、南」
8月上旬。30℃を越す猛暑は相変わらず連日続いていて。夕方だと言うのに、太陽は高く登っていて、俺達を照らす。
「今日の練習、もう終わろうよ。部長ー?」
千石は上目遣いでそう訪ねた。本当、千石は痛いところばかりついてくる。
部長。そう呼ばれるのは苦手だ。全ての責任が、俺の肩に乗っかってるんだと感じて。
『弱虫』
脳内で跡部の声がした。―――別に、弱虫なんかじゃない。
ただ、向いてないんだ。
地味な俺の話を誰が聞くだろう。必死に声を張り上げても誰も見てくれない。
支えてる方が俺にはお似合いなのに。部長、なんて。
『―――向いてない、って言葉に逃げるなよ。ただお前が』
“弱いだけだろ?”
跡部の言葉に胸が酷く痛んだ。何か言葉を紡ごうとしている跡部を遮って、言葉を漏らす。
『――跡部には解らないよ。跡部は生まれた時からカリスマ性があるだろうけど、俺には』
自分でもびっくりするような大声だった。
『――跡部、ごめ』
『―――そうか。残念だな』
跡部は冷たい視線を俺に向けていた。氷のような視線を浴びて、背筋がゾクリとした。
『お前は筋の通った、面白い男だと思ったんだがな。―――つまらねぇ奴だよ』
跡部は嫌悪するように俺を見て、立ち上がる。
『―――虎太郎は俺が引き受ける。テメェは其処でボヤボヤ言ってろ』
『あ、跡部。ちょっと待って、』
『―――もう、会うことはねえよ』
“じゃあな”
片手を軽く挙げた跡部。あの日から、メールも会うこともなくなった。今まで喧嘩を避けて生きてきたから、対処法すら見つからない。
もう、跡部の笑顔見れることもない。
悲しくて、切なくて。
―――そもそも住む世界が違う。
戻るだけなんだ。いつもの日常に。
「―――みーなーみ!俺の話聞いてる? 」
「あ、ごめん。そうだな、仕方な――」
『仕方ないな』
そう言いかけてやめる。仕方ない?――もう、跡部と会えなくなることが仕方ないことなのか?
“でも、本当はお前は強い、いい男だ。俺が保証する”
何故かこんな時に思い出すのも、跡部が言葉だった。
「―――駄目だ、千石。」
予想していない解答に千石が呆けた顔をした。そんな千石の前を通り過ぎ、怠けきった部員達の前に立つ。
「ちゅーもぉぉぉく!」
俺の声に一斉に部員達は振り向いた。
やっぱり、苦手だ。この雰囲気。でも、
「先輩達が抜けた後だからって気がゆるみすきだぞ!これじゃ、都大会すら予選落ちかもしれないぞ!」
注がれる視線が痛い。柄じゃないことをしてる、なんてわかってる。
「俺は、みんなと全国を目指したい。――目指さなくていい奴は帰っていい、けど、全国目指してる奴は、本気見せろ!!」
「…らしくないじゃん、南」
後ろの方から千石の声がして、ピクリと肩が揺れる。
「でも、まあ。部長さんが言うなら仕方ないか。」
千石は大きく伸びて、ラケットを握り直す。「格好いい南を見れてラッキー」と去り際に言葉を残した。
「おーい。南」
委員会で遅れてきた東方にも、小突かれて『南のゲキ格好良かった』と誉められ顔に熱が溜まる。
「――そういえば、跡部も一緒だったけど、何処に消えたんだ。」
――跡部が、?
顔も合わせてくれないくらい嫌われたのか。
心臓が萎んでいくのが、自分でもわかった。
「あ、でも。跡部から伝言貰ったんだ。“来週の土曜、会い行ってやってもいい。連絡しろ”だってさ」
「―――プッ、なんだよそれ。」
でも、跡部らしいや。
そんな言葉一つで浮かれる俺も俺だけど。
「うおおおお。やってやるー!」
こみ上げてくる嬉しさを青い空に吐き出して、ラケットを握って、駆け出した。