ラブストーリなんて、唐突だ。
迷い猫ロマンス
青い空に太陽が高く上ってる。夏、真っ盛りな気温と天候は自転車を漕ぐだけで、汗が滲み出た。
(あと、もう少しだ)
坂道を越え、漸くゴールが見えてくる。涼しい自室と冷蔵庫にはいったガリガリ君。それを考えると、ペダルを踏む足にも自然と力が湧いてきて。
(――あれ?)
近所の公園まで来た所で自転車を止める。見知った公園に居たのは噂の有名人。
ぼんやり木を眺める姿も、絵になっていていて。
「跡部景吾――、」
呟きが声になって漏れた。
それ程大きな音量で言った言葉ではないのに、静かな公園にやけに大きく響き渡って、跡部にもしっかり届いていたのか、振り返った跡部と、バッチリ視線が交わった。
――ぁあ、射すような視線が痛い。
「…お前、確か」
跡部は「山吹の…」と言い濁して、止め、少し視線をあげ申し訳なさそうな顔をつくった。
――慣れてるけど、やっぱなぁ。
山吹中の知名度の低さを改めて認識して虚しくなっる。
と、いうか俺の知名度が低いのか。
「山吹中の、南健太郎だ、よろしくな」
俺の精一杯の自己紹介を、跡部は一言、「ああ、地味'Sの」と言って軽く流した。――あれ?地味'Sは浸透しているのか。
(――千石め!)
脳内に浮かんだ友人はニヤニヤしながら、
「南はキャラクターが薄いんだよねー」なんて、失礼な台詞を言ってきた。
「――俺は地味じゃなく普通なんだよ」
「…は?」
跡部が居たことをすっかり忘れてて、慌てて取り繕った笑みを作ると
、跡部は鼻で笑い、話の内容への興味は失ったのか、木のてっぺんに視線を戻した。
(―――うぅ、噂通りの人だ)
噂通り、と言っても東方の請売りな訳で、こうして、跡部と対面するのは初めてなのだけれど。
――綺麗だけど、俺様。そして、自分の興味のある人間以外は冷たい。
基本的、人を嫌いになることは無いけれど、跡部は俺が苦手とする人間だ、と思う。
現に、この気まずい空気の脱出処法もわからない。
「あのさ、跡部」
「……、」
呼び掛けてみたが返答はない。つまり、俺は跡部にとって興味の無い人間なのか――。
けど、それは違った。
何故だか、いたたまれない気分になって、跡部の視線の先に目を向ける。
「あ、」
視線の先には一匹の子猫がいた。木に登ったまま、降りれなくなったようで、「みぃ、みぃ」と切なげな声をあげている。
――なるほど、跡部は子猫を気にかけてるのか。
よくよく跡部を観察してみると、鞄の中には缶詰めやらキャットフードやら色々はいってパンパンだ。
「跡部、ちょっと鞄、見てて」
「…は?」
鞄を地面に放り投げ、腕捲りをして木に登る。
小学生の頃から木登りは得意だったけど、まさか役に立つとは。
「おい、危なねえだろ」
跡部の声がずっと下の方から聞こえてくる。
危ない、なんてわかってる。けど、あと少しで子猫に手が届く距離まで来たんだ。
震えている子猫に手を伸ばす。数センチ先の子猫に言い聞かせるように優しい声で「大丈夫だよ」と言い聞かせながら、抱きしめる。
「よし、もう大丈夫だ。」
腕の中の子猫を見ると同時に、下にいる跡部とも目があって――、
―――た、高い。
今更ながら恐怖心が込み上げてきた。今までこんなに高い所まで登ったことなかった。
降りようと足を伸ばしたと同時に強い風が吹き付ける。
「―――え、あ!」
強風に驚いた子猫が、俺の腕で暴れだし、子猫の体が空中に浮かんだ。
咄嗟に手を伸ばし、子猫を自分の方へ引き寄せた。
(――良かった、…ん?)
ふわり、妙な浮遊感を感じた頃には、時すでに遅く、俺の身体は急速に地面に引き寄せられ、
身体に走る強烈な痛みと共に、意識はブラックアウトした。
「南も散々だよな」
引きずった足を見て、千石は笑う。幸い、捻挫ですんだ右足は、一週間安静にしとけば完治するらしい。
「怪我はさせられるし、猫の世話しなきゃ、なんないし。跡部くんはやっぱり王様だな」
千石は悪気なく言ったのだろう。
けど、その言葉に思わずムッとしてしまう。
「俺が、勝手に怪我しただけだよ」
「なんか、以外、南が跡部くん庇うなんて。」
「そ、そうかな」
別に庇うつもりなんて、ない。
ただ、あの日から、俺が跡部に抱くイメージは、少し変わった。
俺が気絶した後、跡部は俺を家まで運んでくれて、俺が目が覚めるまでそばに居てくれて、
『以外と無茶すんだな、お前も…でも、嫌いじゃないぜ?――南』
と、何時もより子供っぽい笑顔で笑いかけてくれた。
―――うわ、
跡部の笑顔を思い出した瞬間、顔に熱が溜まったように熱くなる。
今でも、あの笑顔を思い出すと胸がキュウキュウして、苦しくなって。
そんな、まさか。けれど、そんな事実、目の前に居る友人に打ち明けられる訳もなく、視線を宙にただよわせた。
千石は空気を呼んだのか、それともただ単に俺の話に興味を失ったのか。
「俺も虎太郎に会いたいなぁ」と独り言をつぶやいて、後は何も聞いてこない。
――た、助かった。
救われた気分で時計を見ると、針はもう六時を示していた。
「あ、虎太郎の餌を買わないと」
そそくさと帰りを急ぐ俺を、千石は苦笑して眺める。
「南は猫ちゃんにも尻に敷かれてるんだね」
あの日、助けた子猫は、いつの間にか俺の家の一員で。近所のスーパーでメザシを買う生活にも慣れてしまった。
(――たしかに、尻に敷かれてるかもなぁ…でも、)
「…以外と悪くないよ」
「え??」
南はMなの、とチャラけたように言う千石をスルーして、ふぅ、と息を吐く。
きっと、今日も、たぶん。
「おう、あんまり待たせるじゃねーよ」
その人の声が、やけにダイレクトに脳内に響いてきて。
「ふーん、へぇ。まさか、南くんがねぇ」
千石は何故か面白い物を見つけたように、ニヤニヤ俺の顔を覗き込んで、再び、ニヤニヤする。
「な、なんだよ」
「うふふ、別にー!俺、南ほどお人好しじゃないから絶対に教えないー」
不思議そうな顔をした跡部と、目があって
――跡部は眉を下げ、きれいに微笑んだ。
ああ、俺。
跡部景吾に恋してる