雷蔵がフィギュアを持って戻ってきたあとの三郎は、まるで人が変わったようだった。
以前は雷蔵がセックスを強要しようとすれば否も応もなく逃げようとしていたのに(逃げ切れていなかったが)、今や三郎の方が性行為に積極的になっている。

三郎はいじわるだった。
雷蔵の人型の期限が最長で五日だと知ったあと、三郎は雷蔵に愛撫するだけで精液をくれなくなった。
延々と最奥を舌でなぶったり、雷蔵がどこで感じるのか上から順に確かめていったりと、三郎を襲うだけで自分が愛撫されたことがほとんどなかった雷蔵は、恥ずかしくて恥ずかしくて何度もやめてくれるよう泣いてお願いした。

お願い、いや、そんな風にされたら、やめて、おかしくなる、恥ずかしい、許して

でも三郎はにやにやするばかりで全然やめてくれず、あげくに雷蔵が自分から誘わないかぎり精液をくれないとまで言い出した。

唾液の媚薬を使うのもダメ、三郎の体に触るのもダメ。雷蔵が自分の体といやらしいセリフで三郎を興奮させない限り、おあずけ。
セックスは精液をもらうための手段、くらいに思っていた雷蔵は、その要求を具体的に想像して真っ赤になった。足を開いて、最奥をこじ開けて、自分の体をなぶりながら、誘えと言うのだ。三郎の前でそんなことをしたら、雷蔵はきっと羞恥のあまり死んでしまう。

だいたい、今までの性行為も唾液の媚薬があったからなんとかなってきたのであって、三郎は雷蔵に興奮していたわけではない。
雷蔵は三郎と同じ顔形なわけだし、フィギュアじゃない雷蔵を三郎がそういう対象で見られるものか。
結局、三郎は雷蔵に嫌がらせがしたいだけで、精液をくれる気はないんだ。雷蔵は悲しくなってぐずぐず泣いた。

「さぶろ、も、ゆるしてぇ……」

「許すってなにを?」

「ごめ、なさ……、っはん!あ、あ、そこやら、や、……っもうやぁああ……っ!」

ごめんなさい、ごめんなさい、もう挿れて、三郎のがいい、そう繰り返しても、三郎は笑って雷蔵の一番奥を指でぐちぐちとかき回すだけで、決して挿れてはくれなかった。
乳首を吸われ、性器を扱かれ、最初の四日間、雷蔵は三郎に好きにされるだけだった。

今までの雷蔵なら、人形に戻るのが嫌で、三郎の寝込みを無理にでも襲っただろう。
でも、今の雷蔵にはそれができない。
人形に戻るのが怖くて、でも下手なことをして三郎に嫌われるのはもっと怖くて、雷蔵はじわりと滲んでくる涙を拭いながらも、眠っている三郎にぴったりくっつく以上のことはしなかった。

「さぶろぉ……、なんで、いじわるするの……」

しかし、さすがに五日目になるともう無理だった。
人形になれば、また人型に戻してもらえるという保証はない。むしろ、雷蔵を五日の間たっぷりたっぷり苦しませて、そして人形に戻すつもりなんじゃないだろうかとか、そんなことばかり頭に浮かんだ。

「雷蔵がかわいいから、ついいじわるしちゃうんだよ」

もっと俺を欲しがってよ。なりふり構っていられなくなるくらい
雷蔵の耳を優しく噛んで、三郎はにこりと笑った。三郎は雷蔵にいじわるばっかりするけれど、ベッドから降りれば相変わらずとても優しくしてくれる。
三郎が何を考えているのか全然分からなかった。

雷蔵はほっぺが塩で焼けてしまうくらい泣いて、それから三郎の前で足を開いて最奥をほぐした。
いままでも雷蔵は自分で自分の秘所を準備していたけれど、三郎にまじまじと見られながらするのは初めてで、恥ずかしくて足を閉じようとするたび三郎に叱られた。

「雷蔵、ほら、聞こえる?ぐちゅぐちゅって、やらしいー……。雷蔵の指三本もくわえて、ちゅうちゅうっておしゃぶりしてるよ」

「あ、あふっ、やぁあ、やだ、見ちゃやらぁ……っ」

「おちんぽ触ってないのにびちゃびちゃだね。そんなに気持ちいい?」

「……っいい、あ、……っふん、も、さぶろぉ、おねが、い……っ」

「なにが?なにがお願いなの?」

「さ、さぶろのせいえき、ほし……ぃ、ふぅう……」

「それじゃ駄目」

「だ……、うえ、なんれ……」

ふぅー、とため息をついて、三郎がくしゃくしゃと髪をかき混ぜる。

「精液じゃなくて、俺を欲しがってほしいの。分かる?」

「………?」

「分かんないか……。やっぱちょっと」

むなしい
聞こえるか聞こえないかの声。そう小さくこぼした後、三郎は意地悪をやめて雷蔵を抱いてくれた。
数日かけてとろとろに煮詰められた体は、三郎が少し体を揺するだけで過剰なほど反応して、雷蔵は怖い怖いとすすり泣きながら三郎にしがみついて何度も達した。

三郎は最中も終わってからも、雷蔵の髪や頬を撫でたり額にキスをしたりしてくれたけど。


唇にだけは、キスをしてくれなかった。








雷蔵が三郎のもとに戻ってから、すでに二週間経過していた。
大学に一緒に行く?と三郎が言ってくれてから、大学に来るのももう四度目だ。
なにせ雷蔵は三郎と同じ顔をしているうえに、いくつもの学部があるこの大学は案外緩いのだ。いまのところ雷蔵が困るようなことは起こっていなかった。
そう、三郎のいたずら以外は。

「あ、あ!さぶろ、も、やめ……、あ、ぅうッ!」

「雷蔵、しぃ。声聞こえちゃうよ」

「っく、ぅ……っ!ふぅうん……っ!んふー、ふ……っ」

三郎、八左ヱ門、勘右衛門が通う大学の、人気のない一角。こんなところにあって需要があるのかと、大学に関係のない雷蔵ですら首を傾げる男子便所の個室。の、さらに一番奥。そこで雷蔵は三郎に後孔を犯されていた。
固く熱くなった三郎の性器が、じゅぽぬぽと卑猥な音を立てて雷蔵の中を出入りする。

「ひっ、ぐぅんっ!ん、んんんっ」

ごり、ごり、と内壁をえぐられ、雷蔵は身悶えして半袖シャツの袖口を噛んだ。
普段雷蔵は声を我慢しない。
三郎とこういった行為をするのは家の中でだけだし、三郎の家は防音の考慮されたなかなかいいマンションなので、三郎に声を咎められたこともない。

「ぐ……っいっ!そこ、だめぇ、や……っくんんんっ」

尖った粒を人差し指の爪先でくりくりと弄られ、雷蔵はすがりついた壁のタイルに爪を立てて腰を振った。乳首への刺激から逃れたかったのに、腰を振ったせいで、少し抜けた三郎の切っ先が雷蔵のイイトコロを掠める。

「雷蔵中びくびくしてる……おしりもさっきからぴくぴく震えて、かわいいね」

すりすりと手のひらでむき出しの尻を撫でられ、体中がぞわりと粟立った。
もうどうやって立っているのかも分からない。
雷蔵の体はもともと快楽に弱かったのに、ここ数日でますます拍車がかかっていた。

「乳首舐めたいなー……バックつまんないな」

尻から離れた手にきゅううっと胸の突起を抓られて、唾液でびちょびちょの袖口がさらに濡れた。口いっぱいに袖を噛んでいなければ、いままたあられもない声が飛び出ていたはずだ。
三郎は声を出しちゃいけないというくせに、愛撫の手をちっとも緩めてくれない。

「っげほ、……っさぶろ、く、くちでするから、も、やめ、よ……ふぁんっ」

体を這う手のひらを握って雷蔵が懇願すると、ずむ、と三郎に突き入れられた。

「雷蔵やめたいの?」

つうっとわき腹を指で撫でられて、首の後ろがちりちりするのに雷蔵はぎゅっと眼を瞑る。
ひだはぴくぴくと蠢いてやめて欲しくないと訴えていたが、雷蔵の理性が限界だった。

「も、だめ……っ、こえで、ひゃう……っ!しょんなうごかひたら、こえ、れひゃうから……っ」

ぬく、ぬく、と戯れに腰を緩く回されて、雷蔵は必死に声を殺しながら身をよじった。
限界だ。こんなの耐えられない。雷蔵のはしたないそこはさっきから絶え間なく汁を零している。
もっともっと、奥まで乱暴に突きいれて、びくびくと涎を垂らしている性器や赤く腫れた乳首をなぶってほしい。でもそんなことをされたら、きっと我を忘れて喘ぎ狂ってしまう。相反する理性と欲望で、雷蔵の頭の中は焼き切れそうだった。

「雷蔵だめだよ、おっきな声出したら。学校でこんなことしてるの見つかったら、俺退学になっちゃう」

退学の意味は、さすがに雷蔵も知っていた。
三郎に迷惑をかける。見つかっちゃいけない。でも、ならなぜ三郎はこんなことをするのだろう。雷蔵が苦しむのを見て、喜んでいるのだろうか。

にゅくにゅくと緩く腰を振られ、雷蔵はタイルの壁に頬を押し付け両手で口を押さえた。
きゅうと狭まった雷蔵の中を無理やり剛直が分け入ってきて、その力まかせに開かれる感覚にすら感じてしまう。

「っんく、ん、んぶ、ふんんっ!んっ!」

「雷蔵……すご、声我慢してるせいかな、お尻、すごくぎゅううってなってる」

負けないよ、とばかりに乳首をきりきりと爪で抓られ、雷蔵はびくんと体をのけぞらせた。
三郎が出入りするたび、反り返った性器からぴゅくぴゅくと先走りが洩れ、床に水たまりを作る。
もう、限界だった。

「んくっ、……っぁあ!いたぁっ!そんなひっぱっちゃ、……ッきゃああんっ」

「痛いの好きでしょ?……このっへんとか、擦られるのと、どっちがいい?」

「ッやぁあーー!あああッそこだめ、ダ、いやぁっ」

「いや?やめる?」

「やだ、や、っァッ!い、いい!い、」

こつこつと腫れたしこりを突かれ、雷蔵は腰をくねらせ身悶えた。

「出そう?もういく?」

やわやわと性器を揉み込まれ、雷蔵はむせび泣きながら首を上下させる。あれほど我慢していた声のことなど完全に頭から消え失せていた。唾液と鼻水で手のひらに透明な糸が引く。

「さ、ぶろ、も、だめ、あッ!ひぁあああーっ!」

ずぐりと奥まで突き入れられ、あまりの快感に頭が真っ白になった。

「っん、ら、いぞ、おれも出る……っ」

耳の裏にちゅ、とキスを落として、三郎が雷蔵の中で果てた。



ぢゅぷりと三郎のそれが抜けるのと同時に、雷蔵は膝から力が抜けてくずおれた。
ぽろり、同時に涙がこぼれ落ちる。

「……っ、ご、ごめんなさ……ぼく、ぼ……っ」

激しい快感にまだ頭がぼおっと霞みがかっていた。呂律も回らない、膝にも力が入らない状態で、雷蔵はぽろぽろと泣きながら三郎に何度も謝る。

「は!?い、いや、謝るなら俺の方だし、雷蔵なんで謝ってんの?」

三郎が慌てたように膝をついて、雷蔵のぐちゃぐちゃな頬を拭いてくれた。ごめん、ごめんね、意地悪しすぎた、と三郎が雷蔵の頭を抱きしめなだめるようにもしゃもしゃの髪を撫でる。

「だ、だって、ぼく、こえ、こ、さぶろ、たいがくっにぃいーっ」

えぐえぐと泣いていた雷蔵は、三郎がぶふっと吹き出したのに全く気がつかなかった。
大丈夫だよ、誰も来なかったろ?と優しくいう三郎に、雷蔵はぷるぷると首を振る。
来る来ないの問題ではない。駄目と言われたのに、我慢できなかった。もう三郎を困らせたり、三郎に嫌われたくないのに、自分は三郎の言うことの一つも満足にきけない。
雷蔵は情けなくて悲しかった。
三郎もこんな遠回しな嫌がらせやお仕置きをやめて、あの時みたいに雷蔵を追い出せばいいのに。雷蔵の方から三郎から離れるなんて、きっとできない。そこではた、と雷蔵は眼を瞬いた。

ブーッ、ブーッ、突然三郎のパンツのポケットからバイブの音が響いて、三郎が驚いたように携帯電話のフリップを開いた。竹谷だ、と呟いてそのまま通話し始める。

「ああ、悪い、雷蔵がちょっと気持ち悪いって言ってさ。ん?……ああ、南棟。いま戻るって」

……できないって?
どうせいつか別れなくてはいけないのに。いま三郎に嫌われているのを分かっていて我慢するよりなら、自分から離れた方が、三郎にとってもいいに決まってる。

「雷蔵、大丈夫?」

自分から離れられないなんて、こんな思い、三郎には迷惑になるだけで。

「――雷蔵?」

『フィギュアに好かれたりしたら、持て余して捨ててしまうかもしれない――』

キスがしたい、と思った。
しかし、それを口にすることは、雷蔵にはとてもできなかった。





11.10.2
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