雷蔵が三郎の前に現れてから、すでに二週間が経っていた。 あれ以来、三郎はフィギュアを買っていない。 また精液を被って人間になられたらと思うととてもではないし、なにより、そう、ものすごく認めたくないが──必要なくなってしまったのである。 三郎がフィギュアを買うのはもっぱら自慰のためで、鑑賞やコレクション目的ではない。 「ねぇ、三郎、もいっかい」 「いや、もう眠いから、」 「だいじょうぶだいじょうぶ」 三郎の上に跨った雷蔵が、んん、と鼻を鳴らしながら腰を持ち上げた。とろりとした白濁が雷蔵の尻の割れ目から溢れ、独特の臭気が濃くなる。赤黒い三郎の性器を半分抜き出しながら、雷蔵がとろとろの内部でそれを締め上げた。 「んぁっ!あ、くっ、」 「ぁうっ、ふ!かたく…なったぁ……っ!」 感じやすい亀頭部分をきゅうきゅ締められ、萎えかけた性器がまた勃ち上がる。 「うぁっ、ちょ、うんっ、ん」 いつものように、ベッドに入ってもう数時間。抵抗したいのに、搾り取られ過ぎて三郎は腕も上がらなかった。これ以上させてなるものかと、直接的な快楽を逃がすため三郎は眉間に力を込めて耐える。が、口から雷蔵の唾液を流し込まれれば理性は儚く消えるのだった。 甘い唾液を自らすすり、欲求のまま雷蔵の腰を掴んで柔らかい腸壁を抉る。 「……っぷは!や、あああぅ!んぁっさぶろぅの、いちばんおくっにっぃい!」 「っこの、淫乱……っ!」 「あ、あ、あひぃ……っ!そこぉ!ぐりぐりしちゃ、あぁんっ!ぁああっ!」 自分で腰を揺らめかせ、先走りを次々にこぼしながら雷蔵が身悶えた。雷蔵の指先がぺったんこな胸を這い回り、赤くぷっくりした乳首を三郎に見せつけるように弄り回す。腹の奥がじんと痺れ、三郎は腸壁を掻き分けるように乱暴に雷蔵を突き上げた。内部が痙攣するようにひくひくと収縮する。 「はぐっ!あひぃい!さ、ぁあッあっあっあ!」 きゅううんっと腸壁が蠢いて三郎はたまらず背中を震わせた。低く呻き、雷蔵の腰を引き寄せる。限界が近いことを悟ったのか、雷蔵が絞り出すように三郎の根元を締め上げた。 「ぁくっ!……っふ、」 「あっアぁああーーっっ!!……、ふはぁ……。精液おなかいっぱいぃ」 「っは、……はー…、」 ぬかるんだそこにあるだけの精液を注ぎ込んだあと、三郎は疲れ切ってぐったりとベッドに沈み込んだ。恍惚とした顔の雷蔵が、三郎を見下ろして幸せそうに微笑む。 ぐぽり、三郎の肉棒を引きだしたあと、雷蔵は溢れ出した薄い精液を指で掬って丁寧に舐め上げた。 (………っくそ!) それがやたら嬉しそうに見えて、三郎は顔を背け裸のままシーツに潜り込む。 汗まみれだし精液もべったりしたままだったがもう動くのも億劫だった。どうせ精液大好きな雷蔵が性器だけは舐めて綺麗にしてくれる。 「三郎寝るの?じゃあ腕まくらしてあげるね」 「………」 ちゅぱちゅぱと三郎の性器を舐めていた雷蔵が、汗で濡れた三郎の額を優しく撫でた。 「………」 誰でもいいくせに。精液をくれる相手なら、誰だっていいくせに。 フィギュアのくせに雷蔵の腕の中は暖かかった。三郎は重たい頭でこのセックスになんの意味も無いことを確認しながら、その腕の中でとろとろと眼を閉じた。 雷蔵が人型になって以来、三郎は毎夜のようにセックスし通しだった。そのおかげか、雷蔵は一度もフィギュアの姿に戻っていない。 「フィギュアのまんまだったら最高だったのに……」 絶対にマンションの部屋から出るなと雷蔵に言いおいて、三郎は大学への道を足を引きずるようにして歩いていた。 頭痛が酷い。 三郎はもともとあまり性欲が強くない。フィギュアで自慰をするというアブノーマルな性癖があっても、性欲的には歳に見合わないほど淡白なのだ。それを連日搾り取られ、寝不足も相まってもうふらふらである。体力もある方ではない。 雷蔵自身はよっぽどフィギュアに戻るのが嫌らしく、三郎の精液に固執していた。もとフィギュアのためか、それともそういう目的で作られた宿命なのか(精液を被ると人間になるなんてそういう目的以外考えられない)貞操観念も著しく低い。 精液をくれれば誰でもいいんだけど、と言った雷蔵を思い出して三郎は眉を顰めた。 誰かに押し付けてやると決意したものの、雷蔵は三郎の顔である。友人知人は勿論のこと、見ず知らずの他人にもなかなか押し付けにくかった。 同じ顔で喘ぐ雷蔵を見るだけで微妙な気持ちなのに、他人に見られるなど耐えられそうにない。それでなくとも、雷蔵が現れるまで三郎の相手は無機質なフィギュアだったのだから。 (生身の人間に俺の最中の顔見られるなんて……気持ち悪い) 思考はループし結局いつまで経っても名案は浮かばなかった。 追い出せば精液欲しさに誰彼構わず襲うことは想像に難くない。三郎はげんなりして一層足が重くなった。ああ、できることならフィギュアを買うところからやり直したい。 「三郎」 「……あ?」 「よ!って顔色悪ぃぞ。ちゃんと朝飯食ってきたか?」 「うっせ……」 大学の校門前、声をかけられて振り向くと、高校時代からの友人竹谷がいつものお気楽そうな顔で立っていた。追い払うように片手をしっしと振るが、竹谷はめげる様子もなく三郎の顔を覘き込んでくる。 「……あのさぁ、あのいとこ、まだいんの?」 小声で囁かれ、三郎は思わず勢いよく振り返った。三郎に気圧されるように竹谷が一瞬たじろぐ。 「……いる」 二週間前、三郎のマンションで尾浜と竹谷は雷蔵に対面した。 間が悪かったとしか言えない。三郎と全く同じ顔の全裸の男を見て言葉を無くした二人は、いとこだという三郎のその場しのぎを釈然としないながらも信じたようだった。 「まだ全裸?」 「いや、さすがにそれはやめさせた」 「そっかぁ」 雷蔵は家の中では裸の習慣なんだと言い繕ったものの、さすがにインパクトが強かったらしい。特に竹谷は、初対面で雷蔵にディープキスされたわけだし。 結局、そのディープキスも帰国子女だからと厳しい言い訳で丸め込んだのだが、ゆるい竹谷はあまり気にしていないようだった。 が、その一件以来三郎に対してたまによそよそしくなる。余計な手間ばかり増やす雷蔵に三郎はイライラしてしょうがなかった。 服もセックスしやすいからと絶対着ようとしなかったのを、脱がす興奮がうんたらだの隠されてる方が暴く楽しみがかんたらと適当になだめすかして無理やり着せたのだ。 「でもそっくりだよね。双子かと思っちゃった」 「あー……」 昼休みには尾浜勘右衛門も合流し、三人で学食に陣取ってうどんやらカレーライスを頬張っていた。 三郎は一人手作りのお弁当である。潔癖の気があるのでよほど心を許した人間の手作り以外は食べられない。 雷蔵を面倒扱いするが、三郎自身も十分面倒な男であった。 閑話休題。 尾浜は直接押し倒されなかったからか、雷蔵のことを面白いやつとしか思っていないようだった。 (こいつも大概変わってる) 食器返してくる、と立ち上がった尾浜を横目に、カレーの次にカツ丼を食べていた竹谷が声を潜めてくる。 「あ、あのさ、また三郎んとこ行っていいか……?」 「あー?だから雷蔵いるって言ってんだろ」 「服着てんならいいじゃんか。三郎最近どっか誘っても雷蔵いるからって乗ってこねぇじゃん」 「そりゃ……」 雷蔵を一人には出来ない。 部屋に繋いでおくわけにもいかないし、三郎が遅くまで帰ってこなかったらふらふらとマンションで男漁りするかもしれない。そうなったら捕まるのは多分同じ顔で戸籍もある三郎である。 「……なんでそこまでして来たいんだよ」 しかし、家に男を呼ぶのも危険極まりない。 雷蔵がただの顔のよく似たいとこなら何の問題も無いために、どうも突っぱねにくかった。大体最近付き合いが悪いのは本当なのだ。 「な、んでって……」 (ん?) しかし、竹谷はカツ丼を食べる手を止めて何故か真っ赤になった。 だって三郎学部が違うから昼休みくらいしか会えないし、だからもっと、その、と続く言い訳を聞きながら、三郎はほほう、と思った。 (竹谷のやつ、もしかして雷蔵を……) 純情な竹谷のこと、キスの経験も殆ど無いのだろう。ましてや雷蔵の唾液は即効性の媚薬である。 三郎はしめた、と思った。 雷蔵を押し付ける第一候補だ。 「竹谷」 「だから、……え?」 三郎はお弁当を包み直し、きちんと紐を結んでから改まって竹谷に向かい合った。 「お前、俺とキスできるか?」 「っっっぶーーッ!!」 竹谷が前のめりになって丼に突っ込んだ。辺りに茶色い米粒と半分かじったカツ、卵と玉ねぎなんかが散乱する。 「っうわ!なにしてんだこの馬鹿っ!」 幸いにも、前の席には誰も座っていなかったので、被害はテーブルの上が汚れただけですんだ。 三郎が怒鳴りつけても竹谷は机に突っ伏したまま動かずにいる。その耳が真っ赤なのに気付いて三郎は少し眼が遠くなった。 (そこまで反応しなくても……) 雷蔵が自身と同じ顔なので聞いてみたのだが、竹谷にとってみたら全く別人なんだろう。 (まあ押し付けるなら、混同されてない方がマシか) 「お待た……わっ!なにこれ!どうしたのっ?」 「竹谷が丼に突っ込んだ」 「えー、八左ヱ門大丈夫?」 「………」 「俺ティッシュと布巾もらってくる」 「おー、すまん」 とりあえず、週末に竹谷を家に呼ぼう。未だ突っ伏したままの竹谷のボサボサ頭を見ながら、早く雷蔵とおさらばできるといいなぁと三郎は思っていた。 そう、あのセックスには、なんの意味もないのだから。 10.8.31 ×
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