三郎のいとこは変なやつだった。


実家から毎年送られてくる桃は、売り物みたいに丸くて大きさが揃ってるわけじゃないけど、甘くていい匂いがしてとてもおいしい。勘右衛門はもちろん、普段素直じゃない三郎も、この桃だけはありがとうとお礼を言って受け取る(うえに東京バナナなんかを買ってきて竹谷の実家に勝手に送っている。律儀だ)。

桃が届いた朝、大学も休日だし、竹谷は三郎と勘右衛門の家に直接桃を届けようとアパートを出た。
といっても、勘右衛門の家は竹谷のアパートから徒歩三分である。勘右衛門は喜んで桃を受け取って、竹谷がそのまま三郎のマンションにいくと言うと、俺もと言ってついてきた。

別にその日じゃなくても良かったのだ。竹谷は三郎のマンションの呼び鈴をピンポーンと鳴らして、後悔した。

「なぁに?」

出てきた三郎は、全裸だった。





「だからちがうっつの!」

「らいぞうです。よろしくお願いします」

三郎にそっくりのいとこが、カーペットにぺたんと座って竹谷と尾浜に頭を下げた。
カーペットにじか座り。見ているだけでもぞもぞする。ものすごく。もぞもぞしながらも、竹谷と尾浜も雷蔵に向かって頭を下げた。

「あ……と、竹谷八左ヱ門です……よろしく……」

「はちざえもん?僕らいぞう!」

三郎と同じ顔で、雷蔵がにこりと笑った。ちょっとかわいい。小憎たらしくない三郎はかわいいんだということに気づいて、竹谷はへえ、とちょっと感心した。雷蔵は無邪気というか、なんだか幼い感じだ。

「で、雷蔵はなんで裸なの?」

無邪気というなら負けていない尾浜が、雷蔵をつくづくと見て尋ねた。雷蔵の隣りに落ち着かない様子で座っていた三郎の眉が、ぴくんっと跳ねる。

「あ、あー……、家ではこうなんだってさ。俺もウチにきた途端脱ぎだしてびっくりした」

「あ!俺知ってる!そういうの裸族っていうんだって」

裸族はジャングルにいる部族みたいのだろ、と竹谷が聞いたら、昨今は家の中で裸になる人のことも裸族というんだ、と尾浜はなぜか得意げに言った。

そういうわけで、裸族雷蔵との初めての交流である。

「雷蔵俺らと同い年?」

「えっと、三郎と一緒」

「じゃあ一緒だ。どっからきたの?」

雷蔵は駅五つくらい向こうの街の名前を言った。そんなに遠くないらしい。

「とりあえずなんか着たら?」

「僕?いらないよ。だってすぐできな」

「あー、桃剥くか?つーか茶も出してないな」

三郎が急に竹谷の持ってきた桃を持って立ち上がった。殊勝だな、と思うが、そういえばこいつは律儀なんだったと思い直す。口が悪いので分かりにくいが、実はさりげなく気づかい屋なのが鉢屋三郎だ。いつもは口に出さないで出してくんのに珍しいなと思っていると、げんなりした半眼で雷蔵のことは気にしないでくれ、と言って三郎はキッチンへ消えていった。

気にしないでくれと言われたって……思わず雷蔵の足の間に目がいくのは仕方ないと思う。いやだって見てしまうだろ、普通。別に男同士なんだから見たっていいんだろうけど、ううん、なんだかなぁ。

「はちざえもん?」

「んっ、あ、ああ、ハチでいいよ。俺の名前長いし、みんなもハチって呼ぶから」

「三郎の友だち?」

「そうそう、あいつの数少ない友だち」

「八左ヱ門、鉢屋に怒られるよ」

「ほんとのことだろが」

「ふふふ」

尾浜と竹谷のやりとりを聞いて、雷蔵が面白そうにくすくす笑った。なんだ、いいやつじゃん、と竹谷はその笑顔を見て思う。素っ裸だけど、素直そうだし、笑顔があったかくてかわいい。

「僕、ハチも勘右衛門も好き」

雷蔵がにこぉっと、三郎が絶対にしない顔で笑った。竹谷と尾浜もつられて一緒に笑う。それは良かった。誰だって嫌われるよりは好かれた方がいい。そりゃあそうだけど……、なんか近くないか?別にそこまで顔を近づける必要はないと思う。
にこにこしている雷蔵に、竹谷はじりっと後ろ向きに下がった。が、後ろはソファーで、すぐにどん、と背中がついてしまう。

「あ、あの、らい……」

押しとどめようとした途端、唇が柔らかいもので塞がれた。雷蔵の素肌の腕が首に絡みつき、振りほどくことができなくなる。
尾浜のびっくりした顔が目に入った。だろうな、竹谷自身も相当びっくりしている、てゆーかこれが俺のファーストキスになるんだろうか、悲しすぎる。何が悲しくて三郎と同じ顔した男と!男と!
しかし、雷蔵の接吻はそれだけで終わらなかった。ぬるり、歯列を割って侵入してきた舌に、竹谷はいよいよ恐慌状態に陥って目を剥く。


雷蔵の舌が竹谷の舌をとらえたとき、じんっとした何かが体を這い上った。


「っなにしてんだぁあああっ!」

ぱっかーんっとスイカでも割れたみたいな音が眼前でして、それと同時に雷蔵の唇が竹谷の唇から離れた。頭を抑える雷蔵を呆然と見ながら、竹谷は無意識に口の唾液をごくんっと飲み込む。

三郎が夜叉のような顔で雷蔵の後ろに立っていた。その手には薄いお盆。キッチンから見えて飛んできたんだろう、お盆にお茶や桃が乗っていなくて本当に良かった。

「三郎、いたいよー」

せっかく、と何か言いかけた雷蔵を一睨みで黙らせ、三郎は竹谷と尾浜に荷物を投げてきた。そのまま、荷物と一緒にマンションの外に放り出される。

「ちょ、三郎っ!」

「雷蔵帰国子女なんだっ!あれは挨拶だからお前のファーストキスはまだ無事だじゃあなばいばい桃のお礼はおばさんに言っとく」

いやお礼は俺にも言え、と言う前に扉が閉められた。

「雷蔵って面白いねぇ。帰国子女ってどこに行ってたのかなぁ」

「……あ、れ?」

尾浜がいつものように楽天的笑い、竹谷はそれに答えようとして――大きくよろめいた。扉に手をついて体を支える間に、尾浜の声がどこか遠くなっていく。
ぐんぐんと体温が上がり、胸の内で心臓がどんどんと踊り狂い始めて、竹谷はおかしい、と思った。肌が粟立ち息が弾み、眼が潤んで竹谷は眼の前のドアにすがりつく。

「……八左ヱ門?」

な、なんだこれ、なんだこれ。
今の今まで普通だったのに、急に体中の血液が駆けっこでもしてるように騒ぎだした。震える心臓を押さえつつ、心当たりは一つしか浮かばない。

キスだ。
雷蔵とキスしてしばらくは呆然としていたけど、それが落ち着いたとたんにこの胸の高鳴りだ。
な、なんで、なんで。
だって相手は男で三郎と同じ顔で、ときめくはずなんてないっ!でも、でも、現実に心は壊れそうなくらい騒いでいて、ああ、だって、三郎と同じ顔なのに……、いや、もしかして、三郎と同じ顔だから……?

竹谷は女の子と付き合ったこともなかったし、キスをしたこともなかった。

「……俺、三郎のこと、好きだったのか……?」

さらには雷蔵の唾液が媚薬だなんて、知るよしもなかったのである。








ばんっ!とテーブルに盆を叩きつけると、眼の前の雷蔵がびくんっと肩をすくめた。飄々としていると思っていたが、それでも恐怖心はあるらしい。
ぐっと腕を掴んで立たせると、雷蔵は少しおどおどしながらも、三郎がなぜ怒っているのかさっぱり分からないという顔でこちらを見返した。

「おま……っ、」

三郎は口を開けかけて、――しかし何と言えばいいのか分からず、結局口を閉じた。
怒っているし、嫌悪感もあった。しかし、雷蔵が精液が欲しいだけで他意がないことも分かるし、なにより、雷蔵に常識がないのを分かっていて二人を部屋に入れてしまったのは三郎だ。いや、言い訳するには部屋にいれるしかなかったのだけど。

「……三郎?」

「……みだりにこういうことするな」

「なんで?」

「普通、男は男にキスしないし!男と女でも初めて会って数分でキスしない!人間として紹介したんだから、人間として振る舞え!」

怒鳴りつけると、雷蔵の頬が不満そうにぷくりと膨れた。なんだ、フィギュアのくせに生意気にも不満があるのか、と三郎は腕を組んで雷蔵を睨む。

「お前じゃなくて、らいぞう」

しかし、雷蔵は自分を指差して的外れなことを言い出した。

「…………はぁ?」

「三郎が三郎で、僕がらいぞう」

雷蔵は三郎と自分を交互に指して、それからにっこり笑った。とと、と笑顔のまま近寄ってきて、とても上機嫌なまま三郎をソファに座らせる。
三郎はなんとなくされるがままになって、そして雷蔵が膝に乗ってきたことで後悔した。

「だから、お前はなんでそうすぐ、」

「ら、い、ぞ、う!」

めっ!と指を突きつけたあと、雷蔵は嬉しそうに三郎の口に噛みついてきた。抵抗する三郎の舌を舌で押さえつけ、喉奥に唾液を流し入れる。
三郎は引き離そうともがいたけれど、唾液が喉以外のどこかに入りそうになって、結局慌ててそれを飲み込んだ。

「んんんっ!んぐ、ぐ……、」

ぷはっと雷蔵の顔が離れるのとほぼ同時、頭の芯がぼーっとし、むらむらとした情欲が湧いてきて、三郎は頬を朱に染めながら唇を噛んだ。
今からでも走って逃げ出したいが、先ほどフェラを途中で止めた名残か、雷蔵に撫でられて三郎のそれはジーンズの中でぱんぱんに膨らんでしまった。
雷蔵がぺろりと舌なめずりして、三郎のそれをしごきながら自身の菊門をほぐし始める。

いくら人間でないといっても、やはり男型だからか、それは女のように自ら濡れることもなく、やすやすとほどけることもない。三郎は薬に浮かされながらも、昨夜の快感を鮮明に思い出して、思わずそこに自身の高ぶりをこすりつけてしまった。

「やんっ、あ、だ……めぇ、三郎のさきっちょ、きもちい……っ」

軽くしごかれただけなのに、薬のせいか三郎の性器はもう先走りの汁を垂らしていた。雷蔵の後孔にこすりつけるたびそこからにちゃにちゃと粘ついた水音が上がる。もう入れたくて仕方なかった。荒い息をこらえもせず、雷蔵の腰を掴み無理やり引き落とす。

「あッ!ひぁああーっ!」

ぐぷんっと埋まると同時、雷蔵が頬をおさえてのけぞった。
三郎は獣のようにはあはあと息をつきながら、目の前に差し出された果実のような乳首にむしゃぶりつく。
雷蔵の入り口は狭く固かったけれど、昨日もたっぷりしたせいか中は柔らかくほぐれて蠢いていた。乳首をしゃぶるたび、雷蔵の体がびくんびくんっと跳ね、後孔が三郎の性器を締めつける。

「しゃ、あひっ、は、しゃぶ、ろぅ……っ」

ぬろり、自分で腰を上げ下げし、三郎の性器を入れたり出したりしながら雷蔵が身悶えた。震える体を押さえつけ、下からごつんごつんと突き上げる。雷蔵があんあんと喘ぎながら、嬉しそうに笑った。三郎は雷蔵の思い通りになるのが悔しくて、けれど快楽には逆らえず、雷蔵の中を切っ先で抉る。

「誰かれかまわず、するなよっ!雷蔵だって、誰でもいいわけじゃ、くっ、ないだろっ!」

あ、なんだかこれじゃあ嫉妬してるみたいだと思った。そんなことは断じてない。同じ顔だからこそ、雷蔵になんか変なことをされたら三郎が困るんだ。だから、だから、体を繋げたからって、

「んん、はふ、っぁ、だれでもいいよ、ぼく。せいえきくれ、あ、れば、あ、ひぁん……っ」

三郎に馬乗りになったまま、雷蔵が笑った。

「………」

三郎は勢いよく起き上がって、雷蔵を乱暴にソファに押し倒した。きゃあっと楽しそうに悲鳴をあげて、雷蔵がソファに沈む。そう、雷蔵にとったら、これは愛のある行為ではない。食事みたいなものだ。相手は誰でもいい。

それなら、それなら

(誰か、誰でもいい、どっかの誰かに押しつけてやる――!)





10.8.31
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