三郎がフィギュアを好きになったきっかけは、忙殺され三郎となかなか接点のなかった父が、仕事の帰りにフィギュアを買って帰ってきたことからだった。

当時、日曜日朝七時半から始まる戦隊シリーズを三郎も見ており、かじりついてキャラクターの真似をするということはなかったが、ブルーがクールでかっこいいなと思う程度にはそのシリーズが好きだった。

ところが、普段息子とろくに会話をしたことのない父である。三郎の本命であるブルーでも、リーダーのレッドでもなく、なぜか父はイエローのフィギュアを買ってきた。
食いしん坊で、いつもにこにこしている癒しキャラ。イエローは全く三郎の憧れになるようなキャラではなかったが、すでに空気を読むスキルを持っていた三郎は、いらないとそのフィギュアを放り投げることもなく、ありがとうときちんとお礼を言って受け取った。

多分、心の底では嬉しかったのだろう。高校生になり、フィギュアに性的な興奮を覚えるようになっても、そのフィギュアは三郎の性欲対象になったことはなかった。現に、今も他のフィギュアと隔てて大事に飾られている。

ブルーでもなくレッドでもなく、癒しキャラのイエロー。名前は『雷蔵』といった。







得体の知れないフィギュアに押し倒され、三郎が眼覚めるとすでに朝だった。
一瞬昨日のことは夢だったのかと自分の頭を疑いかけ、しかし横を見てその願望に似た疑いも吹き飛ぶ。自分と同じ顔が、三郎の布団にくるまってぬくぬくと寝ていた。

昨夜の記憶がよみがえり、一気に血の気が引いていく。

「な……、なんなんだお前は!」

「ぼくフィギュア」

一瞬たぬきに似た猫型ロボットが頭に浮かんだ。床に落ちていたちょっと湿っぽい服を慌てて着ながら、三郎はぶんぶんと頭を振る。

「フィギュアが人間になるか!」

「だから、昨日も説明したのに」

服越しにじっと股間を見つめられ、三郎は一瞬たじろいだ。精液で人間になれるという昨日の話を思い浮かべ、ついでに昨日の濃厚なセックスを思い出す。

「昨日たっぷり注いでもらったから大丈夫だと思うけど……。すごく気持ち良かったし、もう一回しようか?」

「な!だ、誰が……!」

「いいじゃないか。気持ちいいこときらい?」

「そういう問題じゃ、ちょ、ファスナーを下ろすな!ぅあっ!、つ、だから俺は……っ」

フィギュアにしか反応しない、という言葉は、人になったフィギュアに下着ごと性器を擦られ喉の奥に消えた。
ちゅむ、あむあむと、膝立ちになった全裸の三郎と同じ顔が、三郎の性器をくわえ込む。
昨日も散々やってそう簡単に起つか!と思ったが、三郎の下半身は持ち主を裏切ってむくりと膨らんでしまった。今までどんな女にされても全く反応しなかった下半身が、である。

(媚薬が残ってるからか?!それとも一応フィギュアだからっ?)

三郎が混乱している間に、男は三郎の裏筋に舌を這わせて鈴口をくりくりと舌でこすりはじめた。

「……っん、く!はぁ、あ!」

快感と一緒に一気に尿意が襲ってきて三郎はびくんとのけぞった。

「うわ、わ、や、っ!」

やばい。
三郎は今起き抜けである。夕べ散々精液を絞り取られ汗もかいたが、それと膀胱の中身は別物だ。尿道を吸われ、三郎は焦って男の髪を掴んだ。フィギュアらしくないふわふわもふもふの髪は三郎とそっくり同じで、まるで自分に犯されているみたいな錯覚を起こす。

「や、めろって……!」

ぐいぐいと頭を押し返そうとしても、男は三郎の性器に吸いついたまま離れなかった。このままでは、このエロフィギュアに精液ではなくおしっこを飲ませるはめになる。

(それは、いやだ……!)

何が悲しくて自分と同じ顔をした男におしっこを飲ませなきゃいけないんだ。フィギュアを自慰に使ってはいても、それ以外の性癖はいたってノーマルな三郎である。

「ん、ひょっとおひっこのあひ……れもおいひ」

じゅぽじゅぽと音を立てて男の頭が上下した。鋭い電流が走り抜け、かたかたと体が震えて三郎は反射的に自分の口を塞ぐ。
はっ、はっ、と荒い息が手のひらの間からもれた。先ほどから男がじゅるじゅると音を立てて舐めているものが、先走りなのかおしっこなのかよく分からない。

男の愛撫は濃厚で執拗だった。おしっこでも構わないのか、男は先端を甘噛みし舌をこすりつけてくる。
快感とがまんのしすぎで汗がふき出していた。冷や汗なのか熱いせいなのかそれすらも分からない。腹筋がぶるぶる震える。

「ふんん……っ!」

足の力が抜け、後ろの壁に後頭部がぶつかった。
このままでは男の口におしっこをしてしまう。止めたいのにおしっこをがまんしているせいで手に力が入らない。
男が手のひらでぐちょぐちょの竿を扱きあげ、三郎の先端を口内で締め上げながらじゅるりと吸った。

「っあ、いっ!ひぐぅ……っ!」




ピンポーン




出る……っ!三郎がびくんっと体をこわばらせた瞬間、間延びした音が部屋の中に響いた。

「ふぇ?」

「……っ!」

唾液の糸を引いて、男が不思議そうに三郎の足の間から顔を上げる。はっとして三郎は男を力いっぱい突き飛ばした。わあ!ところんと転がった男をしり目に、三郎は急いでトイレに駆け込んで鍵をかける。

「え、あ、ちょっと!」

「うっさい!」

膀胱はすでに爆発寸前だった。リビングから自身を呼ぶ男の声を無視し、三郎は急いで硬くなったそれから生理的欲求を排泄する。それは排泄すると同時に硬さを失っていって、三郎はそのままぐったりとトイレの床に座り込むところだった。

ああ、それにしても、厄介なことになってしまった。店にもっていって返品なんか受け付けてもらえるだろうか。いや、確か完全オーダーメイドで個人向けのフィギュアを作ることから、返品不可だったずだ。三郎だって自分と同じ顔のフィギュアを誰かに売られるのはごめんだ。

今回は逃げられたが、正直いってこれから先のけられる自信はない。あの口の媚薬がくせ者だ。
今回はたまたま、──そこで気づいた。さっきの音は玄関のチャイムの音だ。マンションで一人暮らしの三郎の部屋に訪ねてくるといったら、新聞か宗教か、三郎の数少ない友人かである。

ピンポーン

「なあに?」

がちゃん、鍵の開く音がして、三郎の全身から血の気が引いた。

「ま、まてぇえええっ!」

「よお三郎!実家から桃……っぎゃああああ!」

「もも?」

さっきもいった通り三郎は一人暮らしなわけで、三郎がトイレにこもっている今現在、鍵を開けられるとしたら三郎と同じ顔の全裸のフィギュアしかいないわけで。

「八左ヱ門?どうし……っひゃああああっ!」

三郎の数少ない友人の全てである、竹谷八左ヱ門と尾浜勘右衛門が悲鳴を上げるのもしかたないことであった。

「ちっげぇええっこらっ!」

「あ、出てきた」

「あ、あれ、三郎が二人……?」

「鉢屋って……双子だった?」

「ちが……っ」

小さめのダンボール箱を抱えた竹谷が、三郎とフィギュアを見比べて口をぱくぱく開け閉めした。尾浜がフィギュアをまじまじと見て不思議そうな顔をする。

「いや……えと、……そう!いとこ!父方のいとこ!昨日から遊びにきてんだよ」

「いとこ?そっくりだねぇ。おれは三郎の友だちの、尾浜勘右衛門。君は?」

「おはまかんえもん?」

な、名前?!名前など全く考えていなかった。三郎は慌ててきょろきょろと辺りを見渡す。いとこじゃない、本当はフィギュアなんだだなんて今さら言えない。
フィギュア、フィギュア……ふと、三郎の一番大事にしているフィギュアが頭に浮かんだ。

「そう!で、君の名前は?」

「ら、雷蔵……っ!」

気づいた時には三郎はそう口走っていた。




「で、雷蔵、なんでお前はだかなん?」





10.8.28

何回おしっこって書いたんだろう……
記念すべきはちふわの日序章


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