神様、お願いします | ナノ


 かみさま、かみさまと誰にも聞こえない声で祈る。かみさま、かみさま。
 どうか私に勇気をください。


「で、俺のところに勇気は出た、と」
「左様でございます」

 賊者がいるとかなんとか。戦国時代の武将さながらの鋭さを持って、演劇部の王子こと鹿島先輩のファンクラブの方々に討たれてしまった私は、正座して頭を下げている。これはあれです。命乞いをする他軍の兵士だ。
 土下座している私の堂々とした出立ちの先輩―――野崎先輩はしばらくして呆れた息をこぼした。呆れられるワケは分かっている。誰だって呆れて当然だ。
 でも、野崎先輩が口にしたは“みんな”とは違っていた。

「まあ、恋する乙女が勇気がなくて好きな人のとこに行けないってのはセオリーだから仕方ないが」
「仕方ないのですか?」
「ああ、仕方ない。それが少女漫画のヒロインだ。ウチのマミコだって、鈴木に淡い恋心を告げたいが羞恥心などに苛まれて中々だ。しかし、そうやって溜めに溜めた後のヤマ場の告白シーンが大いに盛り上がる。センターカラー+表紙を飾れるワケだ!」
「野崎くん、最後野心に飲み込まれてるよ!」

 ガラッと、颯爽と登場。ヒロイン枠のひとり、佐倉先輩だ。今日も髪を飾る2つの大きな赤と白の水玉柄のリボンが最近、巷であるムシ属性のポケモンに似ているからと密やかにポケモンマスターに狙われているとかいないとか。
 佐倉先輩はひょこひょこと可愛らしい擬音が聞こえてきそうな歩みでこちらへ。「さっき鹿島くんを捕まえてた堀先輩にストーカーを捕まえて事情聴取してるって、聞いたから来てみたけど……………どういった状況なの、今?」
 野崎先輩へ上目遣いと小首を傾げる佐倉先輩。計算じゃなくて、2人の深い身長差がそうさせていて小首を傾げるポーズは地で天然だ。

「御子柴のことが好きで話しかけることもできずストーカーをしていたが最近やっと決心して告白しようかと思ったが、中々そのタイミンが定まらずどうしたらいいかと途方に暮れていた矢先『そうだ御子柴先輩と仲がいい野崎先輩に御子柴先輩について聞こう!』と思い至って俺のストーカーをしていたがついさっき鹿島の追っかけが新たな敵かと戦国武将なみの気迫で討たれて結果、捕まった後輩の恋愛相談に狙われていた俺が乗っているところだ」
「……………えっと、とりあえず野崎くんが恋愛相談に乗っている、で良いのかな?」
「まあ、縮尺したらそうだな」
「なるほど。あー、良かったー。鹿島くんが野崎くんのストーカー捕まえたって、言ってたからビックリしたよ」
「佐倉、『ストーカーを捕まえた』との下りはあながち間違っていないぞ。実際に俺をストーカーしていたからな、こいつは」
「え、ちょっと待って」
「でも、俺のことをストーカーしていたのは御子柴攻略のためだ」
「んんん?? ごめん、分からなくなってきちゃった。ヘルプ呼んでもいいかな?」
「御子柴先輩以外ならどうぞ」
「瀬尾以外なら良いぞ」

 いったん佐倉先輩は増援を呼ぶために、ブレイクタイムです。その間、佐倉先輩登場によって打ち切られてしまった話を再開。
 えっと、焦らすほうが話的にも盛り上がってセンターカラーと表紙が飾れるほど華やかになるとのことだったっけ。だから、鈴木に対するマミコの想いがあんなに焦れったいのは少女漫画界ではセオリーとか。あれ、鈴木とマミコって。

「つかのことお伺いしますが、野崎先輩って漫画家さんですか?」
「どうしてそう思った?」

 質問を質問で返されてしまった。しかも、妙に期待がこもった眼差し付きで。そのですね、と言葉を繋げて申す。

「ウチのマミコって言っていたので。マミコって、『恋しよっ』のヒロインのマミコですよね?」
「………鈴木、」
「三郎!!」

 学園のモテ男でマミコの王子様、鈴木三郎。読者なら知っていて当然の名だ。
 自信を持って元気ハツラツとファイナルアンサーさながらに告げると、野崎先輩の周りに花が咲いた。こう、ぶあっと。例えれば鈴木が件の如くイケメンさを発揮した時にバックに咲き誇る花々じゃなくて、鈴木くんのイケメンさに当てられた乙女が咲かす花。
 グズッ。涙ぐむ野崎先輩は私の両肩を掴んで、

「………俺は感動した! ネタのために付き合おうかと思ったが、今からはただお前の意気込みと恋する乙女の代弁者としてお前の恋を実らせてやるっ、この夢野咲子がっっ!!」

 どうやら、私が有していた少女漫画を読む趣味は乙女の代弁者のハートに火をつけてしまったようです。わ
 ありがとうございます、神様。と、ガッツポーズ。

×××

 野崎先輩が立てた作戦は以下の通りだった。
 まず登校の際に曲がり角で衝突。そこでファーストインパクトを印象深くするのだと。でも、その作戦は我が家の朝食が食パンじゃなく昨日の晩ご飯の煮っ転がしと雑穀米だったから失敗。健康的な食事をとっただけで終わってしまった。ちなみに、おばあちゃんが作った煮っ転がしは美味しかったです。
 次の通称、三途の川より愛と真心を込めて作戦。これも結果的に言えば失敗に終わってしまった。原因は、まあ色々と。
 これだったら、若松のことは言えないな。と、野崎先輩が青ざめた顔で言う。先輩の口から出た『若松』とはまさか同じクラスでバスケ部にいる若松くんかと思ったが、頭を抱えている先輩に安々と口にできなかった。
 その翌日、目の下に隈と利き手に湿布を貼って登校してきた野崎先輩は「考えてきたぞ」と何枚かの紙束を手渡す。紙をペラペラと捲ると、設定とこれからどうなるかの展開だけ書かれた下書き段階とも言っていいのかあやふやな原稿だった。

「あの、野崎先輩これは………」
「昨日徹夜で考えたネ、案だ。どれかを参考にしてくれ」

 一瞬だけなにかが聞こえた気がしたけど、よく聞こえなかったので気にしなかった。先輩が渡してくれた原稿を胸に抱き、

「ありがとうございます!」


 私が選んだ作戦はベタで王道なラブレター大作戦だった。やはり王道。王道とは守るべき文化であり、主流だ。みなまでするというならそれだけ達成率も高いとの話。野崎先輩の案でもラブレター大作戦のページは他に比べてえらく目立っている気がしなくもなかった。


 さてはて、日は移ろい決戦の時となります。
 かわいく、かわいくと。可憐な乙女イメージを損なわぬように苦労して書いた手紙を、先輩の下駄箱に。ちなみ、ちゃんと下駄箱の位置は特定している。まだ告白なんと大それた勇気が出なかった頃に、何度も先輩の下駄箱にラブレターを入れる夢を見ていたから。夢見ることは乙女のステータス! って、夢野先生も断言している。
 入れるタイミングも抜かりありません。昼休み次の5限と6限の間。どうして、朝に見てもらうようにしなかったのは、きっと御子柴先輩のことだから朝からずっとラブレターのことが気になってしまうに違いないから。それに、御子柴先輩は表に出やすい人だから変に周りが変に騒ぐと呼び出しに応じてくれなくなる可能性もある。
 だから、直前まで知らされないように御子柴先輩のクラスが午後から体育がない日が狙い目。そして、呼び出しの日時も先輩が大好きな美少女ゲームの発売日じゃなく、かつ先輩の用事がない日。これは下駄箱同様に以前からリサーチ済み。故に、問題ナッシング。
 後は放課後になって、御子柴先輩が来るのを待つのみ。ここまで進展したのは、私に色々と施しをくれた野崎先輩のお陰です! ありがとうございます、野崎先輩!!

 呼び出したのは家庭科室。放課後は普段、製菓部が甘い匂いを漂わせながらきゃっきゃっと華やかな雰囲気で様々なお菓子を作っている。でも、製菓部の活動は火曜と木曜日のみ。
 つまり、今日水曜日の放課後は無人。
 家庭科室は家庭科が担当の先生が教室の鍵を持っていていない時は鍵を閉めているけど、実は1番奥の窓がいつも開いているのだ。そこからガラッと開けて、ひっそり侵入。すれば万事オッケーだと、野崎先輩から教わった。あれから野崎先輩は恋愛シミュレーションゲームの友人T並みのアシスタント力を発揮していたのだ。
 それはそれとうと、両方のドアの鍵を開いて御子柴先輩が来るまで待機する。

 …………………約束の時間。
 …………………5分経過。
 …………………10分経過。
 …………………20分経過。

 え、まさかここで来ないオチですか?
 ちょっと待って、神様! 野崎先輩の徹夜が! 私の勇気が!! 神様、お願いします!! 冗談だと言ってください!!
 両手を組んで高く掲げる。おー、ジーザス!
 神に見捨てられて、黄昏れる私。やっぱり、私に告白なんて無理だったんだ。元から外弁慶のシャイボーイな御子柴先輩に、甘酸っぱい少女漫画みたいな展開を求めるのはダメなんだ。すぐに「あわわわ」って恥ずかしがっちゃうところがマミコに似てるし、野崎先輩もそれに同意してくれたから「もしかしたら」って期待してしまった私がバカなんだ。

「野崎先輩、少女漫画はお手本になりませんでした………」
「え、そうですか?」

 扉の前でスタンバイしていたけど、しゃがみ込んで俯いている私に純粋に首を傾げたような、覚えがないと素直に驚く声が降った。え、と顔を上げると同じクラスのバスケ部の若松くんだ。

「若松くん、こんにちは」
「え、こんにちは。俺は少女漫画からいっぱい学んだけど」
「若松くんも?」
「まあ、入用で少し。えっと、野崎先輩が『もう少ししたら御子柴を落ち着かせてから、そっちに行かせる。遅れさせて、すまない』って伝言」
「わ、分かりました」
「それじゃあ、俺もう。部活あるから」
「ありがとう、ございます」
「いえいえ」

 そうして、若松くんは部活に向かって行った。
 突然の若松くん登場に驚いたものの、そのお陰で救いが持てた。良かった、御子柴先輩来てくれるんだ。でも、「落ち着かせてから」はなんだろういったい。どうして御子柴が興奮しているのだろう。
 ああ、いや今はそうじゃなくて告白! もう少ししたら御子柴先輩が来る。ちゃんと御子柴先輩が来てくれると分かると、途端にどうしようどうしようと頭を抱えたくなってきた。
 先輩が来てくれたらまずは来てくれたことに感謝しないと。そして、想いを告げる!
 できる、大丈夫。振られたってへっちゃらだ。成功するはずもないって思ってたから大丈夫。よし、深呼吸だ。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。ラマーズ法だよ。ヒッヒッの時は吸うんじゃなくて、吐き出すのがポイント。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。ヒッヒッ「み、御子柴、です」う゛っ。
 み、みみみみみみ御子柴せ、先輩があああああっ! ついに来てしまったああああっっ!

 は、ふぁい! どじょう!!

 なにやってるのー! 声裏返って、さらに噛んじゃったよ! ドジョウってドジョウの救いにこんにちはだよ。バカバカって思っている最中でも、御子柴は扉を開ける。
ガタッと音が立つと、すぅっと開いた隙間から赤い髪が覗く。やがて、ずっと想いを馳せ秘めていた人の顔が前に。遠くから眺めるばかりで、正面から見たことはあの時ぶりだ。
 ああ、やっぱりかっこいいなあ。

「先輩のことが、」

 順序を立てたのに、もうパアだ。でも、そんなのいい。ただ、この想いを口にできたらそれで。
 だから、神様お願いします。

▽▲▽▲

 どうしよう。ついにマミコ先輩が。

『どうしたの、用って』
『えっと、ですね』

 マミコ先輩に迷惑がかかるのは分かってます。ごめんなさい、勝手なのは本当に分かってます。でも、俺はあなたに迷惑をかけて振り回せる男になりたいって思ってるのです。

『おれ、マミコ先輩のことが』

 だから、この一瞬だけ許してください。

『好きです』

神様、お願いします


 と、筆を置く。すると、隣でずっと作業を眺めていた佐倉がキラキラと目を輝かせてこちらを向いているのに気づいた、

「野崎くん、次どうするの!?」
「あるはあるが………ちょっと、な」

 つい先日のことを思い出す。茂みに身を隠し、家庭科室を眺めていた放課後を。顔を真っ赤にしていたであろう後輩から告げられた言葉にドギマギする友人。全部聞こえていたワケでもないが、答えを聞いた後の後輩の反応を見る限りは………とここ数日の一連の出来事を記したネタ帳に書き足した。
 マミコは鈴木のことが好きだ。それは変えるつもりはない、これからも。だが、少女漫画にはちょっとした迂回も必要だ。そのためのライバル。

「ええー、気になるよー」
「そう思えてもらえるなら、漫画家冥利に尽きるな」

 恋はいつだって、ハラハラドキドキする。それは漫画と同じ。だから、俺はその恋を少女漫画化させてゆく。


 企画「少女」様 提出


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