「あなたの神さまってどんな神さまですか」
青年は笑いながらいいました。
「ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたったひとりの神さまです」



ごとごとごとごと……………銀河鉄道は駆ける。
乗客がひとり、降りようが御構い無しに。銀河鉄道は今日も今日とて、死者を天上まで導くためにある。仮に、ひとりの車掌が止まってくれと願おうが変わらない。
背の高い車掌は乱れた髪を整えて、帽子を被り直し、静かにきびすを返した。遠くから「ハレルヤハレルヤ」と人であった神を讃える詩が聞こえる。詩と交じり合うように、りんごの香りが辺りに漂う。

「車掌さん、少しいいかしら」
「ん、なんだ?」

少し歩いた先に、ビロードの席におとなしく腰掛けていた小さな少女から声をかけてきた。目線を合わせるように、車掌は身を屈ませると少女は「あら、座らないの?」と不思議そうにビードロみたいに大きな瞳をこちらに向ける。
じゃあ、お言葉に甘えて。と、少女が座る席と向かいの席に腰を下ろした。目の前に車掌がいることが嬉しいのか、少女の顔に華が咲く。あのね、あのね。舌足らずな声を鳴らし、ちょこんと窓の向こうを指差す。

「あれはなあに?」

指差す先はあいも変わらず、輝かしい銀河の海だった。
しかし、ふたつに別れた川があった。その真っ暗な島の真ん中に、高い高いやぐらが一つ組まれていてその上にはゆるい服を着て赤い帽子を被った男が立っていた。両手に赤と青の旗を持って、空を見上げている様子。

「あれは渡り鳥の信号を送っているんだ。ほら、信号を確かめて小さな鳥が通っていくだろう」
「わあ、ほんとうすごいわ。みんな、あの男の人の指揮に沿って動いているのね」
「そうだな」

彼方へ羽ばたいて、もう姿が見えなくなった鳥たちの行方はいずこか。狂気に憑かれた男が一心不乱に旗を振っている様を眺めながら、車掌はぼやく。「あの鳥たちはどこに行くのかって、顔してる」

「まあ、気になるからな」
「わたし、知ってるわ。特別に教えてあげる」
「嬉しいな」
「あの鳥たちはね、あの世から現世に行くの」
「それは、どうして」
「輪廻転生よ。わたしたち死者が目指す天上の行く先から鳥たちは来ていた。そして、彼らが向かうのはわたしたちが来た方向から。つまり、現世ってわけなの」
「渡り鳥はコウノトリにはなれないぞ」
「あら、種類なんて小さいことは目をつぶってよ。んー、じゃあしかたないわ」
「諦めるのか?」
「諦めないわ。実はあの渡り鳥は、魂じゃなく希望を運んでいるってことにしましょう。もちろん、わたしたちの希望を」

ね、素敵でしょ。少女がそれ見たことかと笑う。少女が語った仮定の話を聞いて間をわずかに空け、車掌は口を開いた。

「それは、素敵だな」
「そうでしょ。車掌さんは誰に運ばれてほしい? わたしはね、兄さまのところに届いてほしいわ。兄さまったらお人好しで、いつもいつも人やわたしのことばかり優先するの。自分だって身体がけっして強いわけじゃないのに」
「素敵なお兄さんじゃないか、そう言ってやるなよ」
「あら、べつに兄さまをないがしろにしていないわ。ただ、ね。わたしは兄さまに自分の幸せと向き合ってほしかったの。こんな死んじゃった人間相手に自分の幸せをかけてなくていいのよ」
「……………」
「『ora orade shitori egumo』『わたしは、わたし一人で行くのだから』。あなたを置いて行った人のことぐらい忘れたらいいのよ」
「忘れたくないから、忘れられないから置いて行かれた人は『会いたい』と願うんじゃないか」
「たとえ、夢や幻の中でも?」
「会いたいんだ、どこであっても。そして、一人でほんとうの現実を生きていく想いを見つけるのだろうな。置いていった人間もそれを見届けて納得するしかない」
「それは、とってもざんこくね」

ごとごとごとごと……………二人の口が開かないから辺りは無音に包まれ、窓の外から列車が駆ける音が聞こえる。ハレルヤハレルヤ。讃美歌も止まない。りんごの香りも変わらず、辺りに漂っていた。
話している間に渡り鳥に信号を送る男の姿は見えなくなっていた。通り過ぎたのだ。列車は止まならない。不変と死者を天上まで導く。
窓から視線を外すと、少女がこちらを向いて微笑んでいたのに気づいた。ああ、この表情はあの子が悲しそうな顔を浮かべていた顔だと思い出す。
これは、死を受け入れた顔だ。

「車掌さん、もう近いみたいね」
「ああ、もう少ししたら着くな」
「そう」
「怖いのか?」
「ばかなことを聞かないで、怖くないわ」
「そうか」
「ええ、わたしはまっすぐ天上まで行くわ。途中下車はしないから大丈夫よ」
「疑っていないさ」
「うん、知ってる。これはただの決心のため。わたしのわたしだけの言葉なの」
「なるほど」

少女は彼方の銀河を見ない。ずっと前だけを向いている。

「車掌さん、捕まえちゃってごめんなさい」
「構わないさ、俺の仕事は終わってたから」
「そうなんだ。じゃあ、最後にひとつだけいいかしら」
「ああ、大丈夫だぞ」
「ありがとう。あのね、」

「次はサウザンクロス、次はサウザンクロスー」

区切った少女の声は次の駅を告げるアナウンスによって遮られた。しかし、近くにいた車掌だけは少女の声を聞いていた。
彼女は言うだけ言うと満足したのか、ニッコリと笑う。「さあ、車掌さん。次はサウザンクロスよ。たくさんの人が降りるから準備しないとたいへんだわ」

「君は降りないのかい?」
「まだ降りないわ。わたしの天上はそこじゃないもの。車掌さんもサウザンクロスで降りないでしょう?」
「ああ、そうだな」
「そういうこと。じゃあ、お仕事がんばってね。楽しい鉄道の旅をありがとう、これお礼どうぞ」

手渡されたのは、ころころした真っ赤な林檎だった。

「わたしにはもう要らないものだから」
「俺にも不要さ」
「いいえ、あなたには必要なものよ」

ほら、受け取ってと促された車掌は微妙な顔つきを浮かべたが「ありがとう」と両手でしっかり包み込む。落としてしまわないように、重力との斥力に負けないように。
最後に車掌らしくお辞儀をひとつ、彼は腰を上げて林檎を手に歩き出した。
少女が座っていた車体から去る際、アナウンスと重なった少女のことばを思い出す。確かにそうだと、指摘された顔を浮かべながら苦笑いした。

「でも、」

次にその面にあるのは微笑みでも苦笑でもない。車掌は歩く、褒美である林檎を手にして。

「俺も、泣いたり笑ったりもするんだ!」

涙を瞳に溜めた、晴れやかな笑顔だった。



 参照・宮沢賢治
 「銀河鉄道の夜」「永訣の朝」

 企画「面影」様 提出




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