この世は理不尽だ

(グロテスクな表現を含まれます)



 事の流れは唐突に歪むことなど、まずほとんどないと俺は考えている。物事に終わりがあるなら始まりが。なら、その始まりはどこだ?
 記憶を引っくり返して、思い出す。……………ああ、案外すぐに見つかるようだった。

“ 砂月 ”

 那月じゃない、砂月。俺の名を呼んで、微笑んだアイツが事の始まりだったのだろう。たぶん。
 アイツは、四宮那月――この身体の持ち主で俺が守るべき存在に近い場所にいた女だ。那月はアイドルでアイツは作曲家。二人三脚みたいに肩並べて歩んでいた。
 だからなのか、俺は第一に彼女を警戒した。威嚇して、脅しもした。「那月に近づくな」と頬を掠め、壁に一発決めんだこともある。だが、彼女は怯むことも臆することもなく那月の隣に居続けた。
 それがとても癪に触った俺は那月の意識を無理矢理奪い、彼女に近づいたこともあった。
 初めは那月のフリをして。今でも思い返すと、最低でクソな手段に出たとは自覚している。でも、あの時の俺はそんな人徳など持ち合わせもチラつかせる気もなく、ただ彼女を傷つけて那月から離したかっただけだった。那月を守るのは俺だ、と過信していたのだ。
 そして、『正義はこの俺だ』と疑う余地もなかった愚かな俺はアイツを遠ざけるどころか逆に隣にいたい、と願ってしまうこととなる。


 あの日―――アイツが“砂月”の名を呼んだ日から、俺はおかしくなった。
 お前ともっと一緒にいたい。お前ともっと話したい。お前ともっと笑っていたい。 お前にもっと触れていたい。お前に告げたい、告げたい。 ―――お前を、独り占めしたい。
 願って、望んで、渇望して、しまいには“那月”に嫉妬していた。
 どうして那月なんだ、と。俺は那月を守る存在なんだ。なのに、今となっては那月を傷つける存在と、化していた。恐ろしい。気持ち悪い。でも、その嫌悪感すら甘受してしまうほどに俺はアイツを欲していた。
 ははっ、馬鹿だよな。


 月夜がつうっとカーテンの隙間から射し、部屋灯りを点けていない一室にうっすらと明るくしている。だから、この部屋の状況が事後もはっきりと分かった。

「…………」

 女物の家具や生活必需品、服やぬいぐるみに飛び散る赤。
 好きな色だと語っていた水色の絨毯を染める赤。
 ぴちゃん。ぴちゃん。水面に雫が滴り、その色も赤。
 足元に転がる『彼女』の中が撒き散らされた色だ、すべて。呼吸をすれば、鼻を刺す悪臭。これもすべて、床に転がる『彼女』のだ。
 ――――俺が、殺した。
 自覚と独白が重なった瞬間に息をこぼす。手のひらを眺めても、やっぱり赤い。
 別に、俺はアイツの血や死体を見て興奮するほど落ちてはない………つもりだ。サイコパスじゃないとは思っている。正常と、胸張って語れる訳じゃないが。でも、違法ドラックも破壊衝動を好む嗜虐者になってないとは断言できる。

「って、そんなのはもうどうでも良いんだよ。…………本当に、」

 那月や他の奴らの関係性全部壊したくて引き千切りたくて、俺はアイツをこの部屋に閉じ込めた。勿論、なに不自由もないようにした。外に出さない。外と連絡を取らせない。これら以外の要望に全部叶える気でいた。だが、アイツには効果がなかった。意味がなかったんだ。
 元から頭が回る人間だったから「ここから出せ」と口には出さなかった。が、アイツの意識は、あの力ある瞳は外に向いていた。それが許せなかったからかは分からない。
 でも結果的に俺は、アイツを殺した事実には変わりないんだ。

「お前って、ついてないよな。こんな俺なんかに身勝手に惚れられて、こんなところに身勝手に閉じ込められて、こんな風に身勝手に殺されて。―――ごめんな」

 右手に握り締めていた、鈍い光を放つカッターの刃をチッチッと伸ばす。

「那月も、ついてねえよな。お前はなにも悪くねえのに。悪いのは、俺含めたお前の回りにいる奴らばかり。お前を守ることできねえで」

 刃が伸びたカッターを首元まで運び、

「誰も救われねえよ、馬鹿みたいに。なあ、結局この世は、」

 吐き捨てた言葉を掻き消すように、俺は首元のカッターを引いた。




゜。




 翌日、翔は同室の那月が昨晩から行方知らずとなっていて心配していた。ケータイにかけても繋がらないからだ。
 龍也さんらに相談しよう、と思いながらテレビをつけたらちょうど朝のニュースが読み上げられていた。

『―――………通報があった部屋には、鎖に繋がれた少女と青年の死体が発見されました。青年の手にはカッターナイフが強く握られており…………――――』

「理不尽な、事件だな」


 企画「くしゃくしゃ」



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