がらんどうの子宮

 気狂いによって、創られた檻。そこは、気狂いの為にある世界だ。

「マイ」
「………」

 狂気を帯びたトーマのオレンジの瞳に映る、“わたし”。
 “わたし”は怯えることも無機質な表情に顔を染めておらずただそこにあるのは、憐れみ。同情心とわずかな復讐心だ。

「マイ。もう、どこにも行くなよ。外は危ないんだから」

 少なくても、この檻の中にいるよりかは安全だろう。そう、毒づく。

 上にあるトーマの顔を見るのに嫌気が差し、視線を緩やかに下ろした。

 トーマのベッドに広がる自分の髪。もう、ずいぶん伸びたものだ。ショートカットのほうが好むわたしがこんなに長くて伸ばすなんて考えられないことだが。
 それも、これも全てこの気狂いのせいだ。

「マイ」

 また、わたしの名じゃない2文字を発する。まるで、その名はお前のだと押しつけるように。まったく、傍迷惑なこと。
 自分の髪を見詰めていた視線をもっと、下げる。下げて、下げて、下げた先には、渇いた血がまばらに付着した床。誰のだろうか? そんな問いすらもうナンセンス。―――“マイ”。身代わりとしている彼女のだ。

「マイ。お前、また最近ご飯食べてないだろ? 食べないとダメだぞ。………って、こんなことを強要している人間が言えることでもないか。でも、これは全てお前の為なんだ」

 お前が見知らぬ悪意に傷つかない為に、ここにいて貰っているんだ。………いったい、いつの話だ。もう、イッキさんのファンクラブの嫌がらせ問題はとっくに終わっている。誰でもない、トーマの手によって。―――ああ、これも忘れていたのか。

「マイ。俺は、赦されると思ってないから。恨みたいなら恨んで良いからな」
「………ええ、“わたし”は恨み続けてやるわよ」
「だから、しばらくはここで大人しくしてくれよ」
「するもしないも、アンタのせいで何もできないし」
「マイ。俺は、お前のことを大事に思っているんだ」
「…………」

 もう、これ以上ちぐはぐな会話を行う気になれずわたしは口を閉じた。
 何を言っても、“マイ”じゃない“わたし”の声はトーマとの気狂いの耳には届かない。いや、もしかしたらマイの声すら届いていなかった可能性が高い。それほど、この気狂いは壊れていた。
 檻―――気狂いの為だけにある世界で存在を塗り替えられた“わたし”。毎日毎日毎日毎日毎日こちらまで気が狂いそうになるが、なんとか自我を保っている。
 ―――トーマを殺す、との復讐心を糧にしてだ。

「マイ。ずっと一緒にいような」

 復讐を含ませた憐れみの視線を向ければ、トーマは嬉しそうに双眸を細めた。キラキラ。キラキラ。狂気を帯びた純粋な瞳を。
 気狂いのこの男は、もう後戻りはできない。否、させない。

「ええ、そうね。アンタをこの手で殺すまでは、ずっと一緒にいてあげる」

 ―――絶対、殺してやる。
 そう口に出せば、もう世界を遮断した盲目のトーマはわたしにキスを落とした。


 鳥籠から憎愛をこめて、



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