運命をあげるよ

(※ グロ注意)

 人の群衆が、一気にざわめく。ざわざわ。ざわざわ。夏に7日間生き死に逝く蝉のように、肉声が頻りに騒ぐ。どうやら、転落事故が起きたようだ。それほど高いビルの屋上から真っ逆さま。ひゅるるるっと、風を切り落ちる肢体。まるで、滝のように流れる長い若葉色の髪。
 一瞬、その光景に息を呑むが…………次の瞬間には呑んだ喉は震えるのだ。

「キャアアアアアッッ!!」

 夜の空気を裂くように女性の金切り声は響く。
 さあ、これが始まりだと言わんばかりに悲鳴が転落した男の死体を取り囲むように反響し合う。まるで、不協和音のオーケストラだ。つうっと地面の赤褐色の石畳に紅が広がった。男の長い若葉色の髪や服を染め上げながら。
 突然なる転落死に群がる人集り。反応は区々だ。ケータイで写メを取る者。救急車を呼ぶ者。ただ怯える者。顔をしかめる者。―――そして、男を静かに見詰める者。真っ赤に染まる男に向いている眼の中に2つ、特徴的な色を持つものがあった。鮮やかな紫水晶のような双眼だ。目線が合っただけで人を惚れさせる摩訶不思議な眼とはまた違った“不思議”な眼。人をブラックホールか何処か深いところに呑み込む眼。
 そんな紫水晶の双眼は、絶命していく男の最期を見届けていた。

「………ウキョウさん、これがアンタが選んだ結末?」

 どうせ、この問い掛ける声すら届かないだろう。そう思いながらも、問わずにはいられなかった。
 8月を生きて過ごし終えることができない“彼女”の命を救う為に、永遠の8月を廻る“彼”の物語の結末が、こんな風に呆気なくては良いのだろうか? フィクションのヒーローならば、分かりやすく彼女の目の前で“彼女”を救うことだろう。しかし、彼の死は救いたい彼女の眼に触れることも記憶に留まることもなく終わる。―――これほど、虚しい結末はどこにある?
 おそらくまた、8月を繰り返す“彼”に苛立ち、鎮まっていた筈の心が憤然していく。ぐっと拳を握り締める。下唇を噛み、地面に押し潰された肢体を睨みつけた。そしたら、虫の息の状態である彼の唇が弱々しく動いたのだ。まるで、言葉を紡ごうとするように。

「――――」

 短い、四文字の言葉を残した後に口角をふっと上げたのだ。
 最期の言葉を読み取ったわたしは、絞り出すように呟いた。

「―――だから、アンタはっ……」

 苦々しく絞り出した声は震えていた。悲しみか呆れか、この際どちらでも良い。
 ただ、一つ言いたいのは―――――幸せそうに笑って死を迎えた彼に文句を言いたかったのだ。



 運命すらあげれるよ、君を救えるなら
 “そうだよ。” 幸せだと言い張るように、彼は微笑んで一つ分の世界の死を迎えた。


 虚言 より




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