明日、昨日の私を迎えに来て

 ―――ねえ、赤葦って好きな人いる?
 なにげなく。自然な流れのようにずっと胸に住み着いていた思いを吐き出す。バカみたいに信憑性なんてあってないような雑誌に載っていた占いを信じてやった消しゴムを無意識に弄りながら。
 今思うと、なんて愚かなことをと後悔の嵐だ。

×××

 その日の放課後はもうヤケ酒を呷るOLさながらに悲惨なものだった。帰宅部の私は友達をゆうか………ではなく、心優しい友人らの温厚によってカラオケで約3時間ほどワンマンライブを少々。メドレーはなんだって? 不粋なことは聞かないで。………失恋ソングですよ、コンチクショウ。
 とにかくも、うじうじと気にすんなと最後方には「付き合えん」と重なって聞こえたのは無視いたしマス。そんなこんなで、友達のお言葉を借りて翌日、試練はすぐそこにあった。

「お、おはよう!」
「……………おはよう、ございます」

 タイチョー、やっぱ、つれーっす!
 返してくれたのは嬉しいけど、このギコチナイ敬語。赤葦ぃ、私たち同い年で同学年だよ。私、確かに万年成績底辺で赤点スレスレのバカだけど留年していないから。実は年上でしたってオチないから。
 なぜか。いつからは忘れてしまい、いつの日からか赤葦は私には敬語で接する。他の男子や、バレー部のマネの子には普通に喋ってるのにどうして。
 ーーーやっぱり、赤葦は私のことを嫌っているのだろうか。

 6限目が始まる前の休み時間。友達と恋バナに華咲いていて、その延長上みたいな雰囲気で隣の席の赤葦に訊いてみた。「ねえ、赤葦って好きな人いる?」
 結果は撃沈。最初の掴みこそは上手くいったと思えたのに。私が訊いた瞬間、赤葦は目を見開いて鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべてその後に私から視線をズラし、

“ 苗字さんには関係ありません ”

 その声は冷たくて、突き放すようなトゲを孕んでいた。昨日は赤葦のその声でバッキバッキに心を折られて眼中になかった状態だったけど、たぶんあの口ぶりから好きな人がいるに違いない。
 ……………好きな人、かあ。

「好きな人に好きな人がいた場合って、どうしたらいいのかな」
「諦めるor略奪」
「どちらもバッドエンドォォォ!」

 参考にならない意見を突き出され、ダメだこいつと頭を抱える。違うの。昼ドラみたいなドロドロ展開に持ち込みたいわけじゃなくてね。って、話聞いてるかな? 聞いてないよね、それ? ほら、カバンから見せつけるようにiPodを取り出してイヤホンを耳にさしてるし。ジャカジャカと音聴こえんのだけど。

「もっと親身になってくれたってバチは当たらないよー」
「ソーダネ」

 明らかにあんたの態度は親身じゃねーよ。と、ツッコム余裕はなかった。だって、ねえ。上がっていた肩を下ろす。安堵とは逆の意味で。
 嫌われてる可能性があって、元から難易度高いのに好きな人がいるだなんて。もう諦めろと言われているようだ。本当に諦めろってことなのかなあ。ちょろちょろと、箸でタコさんウィンナーを転がす。「鬱陶しい」

「その言葉、ひどすぎませんか」
「それはむしろコッチの言葉。ひどいぞ、コッチのストレスは」
「………そりゃあ、うじうじと鬱陶しいのは認めるけど。でもやっぱり、諦めたくないっていうか」
「お前の鬱陶しさはこの際どうでもいいんだよ。いつものことだし。でも、確かにキノコ生やすレベルでうじうじして鬱陶しいけど」

 相変わらず辛辣だけど、今日は1段とトゲが鋭いです。鋭角がヤバい。先端が凶器ですよ。サバサバした気質が好きだけど、サバサバよりトゲトゲのイバラ様です。

「昨日から何回言ってるけど、気にすんなって言ってるだろ。このあたしが大丈夫だって言ってんだから信じてたらいいの」
「ど、どうしたの? イケメンキャラに拍車がかかってるよ」
「……とにかく、あたしの言う通り気にしないで当たってみろって話」
「砕けるよね、それ」
「そんときはそんで、あたしが慰めてやる。GOサイン出しのはあたしだし」

 だから、気にしないで行ってこい。と、後押しされてしまった。でも、私ってヤツは単純バカで友達の応援ひとつで「せめて『友達かクラスメイト』にはなろう」と欲が出る。
 よぉし、がんばるぞー! と、タコさんウィンナーを頬張った。

×××

 これこそ決戦の日と改めるべきか。
 あれから数日後の昼休み。忙しい委員長に代わって先生に集めたノート運ぶ仕事を預かった私はひとりで仕事に励んでいた。
 すると、どこからとなく赤葦が現れ、声を。「苗字さん。このノートって英語のノート、……ですよね」「う、うん」またしても距離感のある敬語。気にしないぞ、うん。
 係りでもないのどうして物言いたげな赤葦の視線を感じる。別に隠すことでもないからワケを話そうとすると、向こうに先手を取られた。しかも、正当法じゃくてこれは奇襲だ。

「それ、貸して下さい。俺が持って行きますから」
「えっ、と、」

 まさかまさかの展開で、言葉が淀む。ここは好意を断らずに適度に甘えて、赤葦と一緒にいる時間を長くするのが得策だろうか。まずば敬語がなくなる立ち位置になりたいです。
 てか、赤葦ってよそよそしい敬語のクセになぜか親切なんだよな。こんな風に滞りない感じを装ってサラッとさりげない紳士な1面を発揮したり。悪いヤツじゃないのは一目瞭然だけど。って、悪いヤツを好きにならないから! 良いヤツって知ってたから。
 だから私は赤葦のことを好きに、なったんだ。胸元が少しだけ、騒がしい。

「じゃあ、半分だけお願いシマス。ありがとね、赤葦」
「運んでるとこを見かけただけ、ですから。もう少し持ちますよ」
「えっ、でもこれ以上は悪いからいいよ。半分でも十分ありがたいから!」

 全部持とうとする赤葦から残り半分のノートを死守する。赤葦に全部押し付けちゃったら私が委員長から受け取ったホウシューがボッシューされるからだ。生真面目委員長のことだ。私からボッシューしたホウシューを赤葦に渡すはず。あれは、私のもんだ!
 ガチな目を見て、察しの良い赤葦がややしてから引いた。そして、呆れたように笑う。穏やかな笑みだった、それは。
 赤葦のその笑みを近くで見たのは本当に久しぶりだった。あの日以来。世界が真っ逆さまに逆転しちゃって、あまいシロップがかかったツヤツヤなフルーツみたいにキラキラし始めた日ぶりだった。
 人がそれを恋と呼んだ日から、隣で見たことがなかった笑顔が、今。

「ねえ、赤葦はどうして私だけ敬語で話すの?」

 と、言葉が出てしまった。今まで止めていた筈の隔たりが壊れてしまって、ぐちゃぐちゃにどろどろに溶かしていたモノが命を得て激しく流れる。
 隣から短く息を吸い込んだ音が聞こえた。それがある意味において、証拠とも呼べそうな行為だった。だって、その表情も「どうして知っているんだ」と驚いたものだから。
 溢れ出す言葉は、止まらなかった。2、3事と私は言葉を続ける。私だけを目を合わせてくれないの。私だけそんなにギコチナイの。そして、ついに。

「どうして、私のこと気にくわないのにそんなに親切にしてくれるの?」
「それは、」
「変に優しくされたら、……ワケ分かんなくなっちゃうじゃん」
「…………」
「嫌いなら嫌いで、それ以外ならそれ以外でハッキリしてほしい、です」

 涙は、かろうじて出なかった。でも、今すぐにでもここから逃げ出したい。赤葦の隣から、赤葦から逃げたくてしょうがない。
 俯けばこぼれてしまうと分かっているのに、顔が下向く。逃げたいショウドウをごまかしているんだ、これは。
 1人、逃げる逃げたらだめと堂々めぐりの考えに悶々としている内に隣から息を吸い込む音が聞こえた。なにかを、切り出す始まりだ。

「俺は、嫌いじゃない、」

 無理やり文末を区切り、ギコチナイ敬語だった言葉がなおさらギコチナクなる。

「じゃあ、どうして私だけ違うの」
「ちがう、嫌いじゃないん、だ。本当に。苗字さんだけ違うのは、意識してつい」
「……苦手ってこと?」
「いや、そうじゃなくて……その、どちらかと言えば」
「嫌いじゃん、それって」
「違いま、違うんだ!」

 ああだとこうだと。八方ふさがりのような応酬。違うって、じゃあなに。と、思いがスリ切れていくのが分かった。
 そういえば、もうじきに昼休み終わりそうだな。早く、持っていかないと怒られる。終わりまで聞きたいが、今はタイムリミットが近い。また後日、日を改めるか、あるいはもう苦手よりの返答ぽいし訊かないでおくとの選択肢がピンコンピコン光っている。2つにひとつの選択肢だが、実際、選ぶ自由を与えられているのはひとつだった。
 ねえ、赤葦。そろそろこれ持っていこ。話を打ち切り、進むように促そうとした矢先にその言葉は遮られた。誰にだって? そりゃあ、赤葦しかいないでしょ。

「好き、だから」

 …………………。

「鋤って、なんか農作業に使うのだっけ」
「いや、違います」
「じゃあ、隙かな? 不意打ちをかまして私の隙を突こうとしたのかなあ。あっはははー、おっそろしいな赤葦ぃー」
「いやいや、そんなこと考えてないですから」

 さっきまでのギコチナイ敬語以上のギコチナイタメ口がキレーになくなって、ペラッペラの敬語が流暢に。しかも、なんかジリジリと距離を詰められているような気がします。
 あっ、気のせいじゃないや。また1歩、また1歩と私の背後は壁しかない。両手がノートで塞がっているし、力の差で赤葦は片手でノート持ってるから圧倒的に不利だ。クッソー、赤葦にノート全部押し付けたら良かった。
 後悔先にあと立たず。賢い友達からいただいたありがたいお言葉が頭を過る。あ、あれー、赤葦から滲み出るオーラがどうしてかさっきと違うよー。

「ほら、違います。苦手でも、まして嫌いなんかじゃないですから」
「いやあ、でも明らかに避けてたから。今も敬語出てるし」
「それは緊張して、つい喋りやすい敬語が出てしまうだけです。なんか、苗字さんを相手にしていると先輩の木兎さんを彷彿とさせるので」
「えー」

 敬語の謎と、不自然な矛盾した行動のワケがまさか私のことを好きだからなんて………え。あ、好きって言われたのか。私、言われたの? 本当にちゃんと言われたの?
 好きって、赤葦から。

「っ、ご、ごめん、私ちょっと脳内ショート寸前でワケ分かんなくなっちゃってるからタイムで」
「分かりました」
「えっと、そのどうして赤葦は私の腕をガッチリ捕まえているんだい」
「逃げられたくないので」

 ………………。

「あっ、えっと、タイム」
「それさっきも言いました」
「あー、永遠のタイムで。半永久コース×2でお願いします」
「なに、永遠の0風に言ってるのですか。映画公開なんて終わりましたよ。ついでに、ブームも去りつつあるネタです」
「ソーダッタネ。じゃあ、私もブームと共に去ろうかなー」

 ジリッと、背中は壁に張り付いているからカニ歩きのようりょうで横へズレようとすると―――ダンッと激しい音が壁を伝わる。
 なんと、あの赤葦くんが逃げようとする私の退路を足でふさいだのです。赤葦だけにアシで。足でふさがれ、手はガッチリと捕まってたしもうダメだ。なにより、この赤葦の顔がもう………。おお、ジーザス。

「いやいやいや、なに考えているんですか」

 ごめんなさい、赤葦ってこんなキャラでしたっけ。


 企画「あなたとおはなし」に提出。




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