「君だけは殺せない」と泣く死神と心中できるあの世が欲しい

 Q,マリッジブルーとは。
 A,婚姻を前日に控えた女性が抑鬱的なったり情緒不安定になること。他にもウエディングブルー、エンゲージブルーとも言う。
 正解。では、第2クエスチョン。今の彼女は当てはまるか否か。

「……………」

 男の独り暮らしの部屋に押しかけ女房よろしくに堂々と居座る女は唯一のタオルケットに包まってこちらを睨んでいる。ちなみに、数十分前まではご機嫌にテレビを観ていた。が、俺の一言で逃げ出した現実に引き戻されたらしく、顔をしかめてベッドを占領し敵だと俺のことを睨んでいる。なんだこれ、逆ギレか。
 お互い。睨む睨まれるの、決闘ほどの切迫感こそあり得ないがまあ程々の切り詰めた空気が流れる。先に壊したのはやはり俺だった。

「いい加減帰れよ。良いのかー、嫁入り前の娘が他の男の家いて」
「別に、トーマならって笑って許してくれるからオーケーだって」
「さすがにそれはないから。ほら、帰れって。土産でもらったそこの菓子、食べていいから帰りなさい」

 しっしっと子供をあやすように追いやろうとすると、さらに女は機嫌を悪くした。むすぅっと頬も膨らまし、そしてなお、仕事先の人からもらった土産の菓子をちゃっかりと食べている。その姿はもっもっと一生懸命口に含み、頬にクルミかを蓄えるリスさながらだ。本当にこれが、20過ぎでしかも近々人妻になる女だろうか。もっと貞淑さとか備えるべきだ。
 と、言っても結局は意味なんてない。女がそうなるように育った原因に身に覚えがあるがため。
 これ以上、帰れと言っても耳を貸さぬ様子なのはすぐに汲み取れた。仕方ない。が、面倒だ。女は「許してくれるからオーケー」と本人の了承も得ず勝手気ままにしているが、実際のところオトコの世界と言うのは簡単で甘くない。王道のフィクションの如く、拳でぶつかり合えば即親友! なんて展開はノンフィクションにはほぼあり得ないとくる。女の友情関係ほどは拗れはしないが、オトコはオトコで行き先が拗れることも。
 別に彼を責めているワケじゃない。俺と彼の立場が入れ替われば、おそらく俺も彼と同じ思いを抱き同じ懸念をするに違い。余裕がないなと周囲に言われようが関係ないのだ、こればかりは。

「分かった。とりあえず、今日帰らないことは伝えたのか?」
「一応は」
「なんてさ」
「友達のとこ泊まる」
「………まあ、妥当なとこだな。で、夕飯は食べたの? 連絡も何もないから豪華なのとか作れないぞ」
「いいの?」
「もういつものことだし、俺は構わないよ」

 そう、いつものことだ。昔から女はこんな風に嫌なことがあれば俺のとこに押しかける。避難所かなにかだと思っているはず。それを知っているから口では追い出しながらも、結局はこうやって折れている。最終的に、俺の庇護下で甘やかしてしまう。
 この行為は毒であり、麻薬だ。
 俺に甘える女を見る度に充足感が満たされ、他に対しての優越に浸ってきた。許されないことを犯していると脳は冷静に認識している。しかし、込み上げる快感に枯渇し俺は何度だって女を受け入れた。―――だから、彼は俺をことが嫌いなんだろう。
 彼の判断は正しいし、何も間違えていない。結婚したい女が昔から易々と信頼し無防備を晒す男の存在に嫉妬し水面下では嫌っていようが、それこそが正しさとなる。その正誤を定める女が俺よりも彼を選んだのだから。
 でも、と俺は再三問おう。

「そんなに不安なら結婚止めたらどうなの」

 夕飯よりも夜食に近い時刻の食事の準備。小松菜を一口サイズにざく切りしながら女に訊く。当然、視線は女に投げず動かしている包丁だ。
 「…………」女の返しは聞こえてこない。テレビの、バラエティの明るい笑い声がしんっと静まった部屋に乾いて流れる。

「不安になる度に俺の元に来るしさ。今からでも結婚止めて俺と、」
「それは、だめだよ」
「どちらが、いやどちらも?」
「どちらも」

 料理をする手は止めない。よって、そこに注意する視線も外していない。そこにあるのは逃げだろうか。

「私たちはね、2人で幸せにはなれないの」

 ―――分かるでしょ、お兄ちゃん。

 血の繋がった妹が遠くで笑んだ。


 くべる より



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