悪いこととはわけがちがう

 とある女子生徒が失踪した。名前も知らないひとつ上の先輩だ。
 その知らせを担任の口から聞いた翌日、僕は彼女と出会うことになる。


 昔から、いや生まれつき影が薄いだの淡いだの言われてきた僕には人には見えないものが視えていた。
 幽霊が、見えていた。
 勝手な推測で、青峰君曰く僕は幽霊みたいな存在だから生死の境界線が曖昧となっているのではと考えた。でも正確性のない推測は横に置いて、とにかくも僕には幽霊が見えていた。
 そして、幽霊である彼女も例外ではなかった。

「おはようございます」
「おはよ」

 僕以外、誰にも視えない彼女が微笑む。
 絶世の美女でもない普通の顔立ち。女性に対して失礼だと思いますが、お世辞にも綺麗だとか可愛らしいとか言えない凡庸な人。
 生前での彼女の生き様はごく普通だった。普通との輪を決して越えたりしない普通の人間だった。チームメイトの彼らのように目立った特別の輝きなんて持っていない普通の女子中学生だった。
 でも、唯一の点で普通ではなかったから彼女はこうして幽霊となって化けている。
 彼女はひとつだけ、異常であった。

「ねえ、聞いて黒子くん! 今日も黄瀬くん気づいてくれないの。ひどいよねー」
「はあ、やっぱり幽霊だからではではないですか」
「えー、それって私のアイデンティティー総否定じゃん」
「そうなりますね」

 たぶん生前の彼女はこうもあっからんけとした明るい人柄ではなかったと思う。死んだ、幽霊になったという事実が彼女をどんなに歪ませてしまったと予想する。
 違う。彼女は元から歪んでいたのだ。そうではなければ、こんなことを仕出かそうとは絶対に思わない。
 普通の人間は考えても、実行しようとは思えないことだから。

「せっかく、黄瀬くんに気づいてもらいたいから死んで化けてみたのに。いっぱいいっぱい神様にお願いしたのにひどいよね」

 神様って、ほんと残酷。壊れたように笑う彼女。いったいどこがそんなに笑えるのか分からない。理解できない。異国の異文化や風習を目の当たりにした昔の人々はこんな戸惑いを覚えたのだろうか。
 黄瀬くんに気づいて欲しい。ただそれだけの理由で彼女はこれからある未来を投げ捨てて、自殺した。初めは彼女が抱く“恋”や“愛”に対する価値観の狂いに寒気が走った。不快感は次第に馴れとなり、今でも不快感の馴れとして僕にこべりついている。
 趣味である読書―――読む本の世界でも少必ず恋愛に纏わることがあった。でも、どの本でも彼女のような形を示したことがない。あり得ない形。世界の唯一の存在。それだけを言葉に並べれば、稀有な存在なんだと少しは誇らしさわ憧れたりする可能性がある彼女の本意を知ればそれはただの狂気でしかない。
 明らかに危険と書かれているのに地雷が埋まっている場所に行こうとする狂気と同じだ。死にたがりではなく、ただ『そこに行きたいから』と思っているのだから狂ってるとしか僕は思えなかった。
 そんな侮蔑のような馴れた不快感は相変わらず彼女と僕の間に浮遊する空気に貼りついていた。

「生き返りたい、とは思わないのですか」

 ぽつりと、水面に一滴言葉を落としてみる。さて、彼女はどのように反応だろう。

「んー、別に生き返りたいとかは思わないかな。そんな無駄にお祈りするなら黄瀬くんが私のこと見えるようになりますようにって願うよ」
「あくまで幽霊のまま、と」
「だって、生きてる私だったら他に勝てる要素ないけど幽霊だったら黄瀬くんの特別になれるかもだし」
「ですがそれって、お互いのためではないですよね」
「でも、特別だよ」
「……………」

 空洞、いや虚無の広がりが彼方まで広がっていました。除き混む彼女の瞳は伽藍でしかなかった。
 特別に憧れて、死んだ彼女。
 そして、僕を捕らえる彼女。
 狂気だの、恐ろしいだのと。言葉を並べても、結局は彼女に構ってしまう。彼女に声をかけてしまう。昨日の夜に何度も「関わるのはよそう」と思っても無駄だった。三度目の正直が来ず、二度あることは三度あってしまった。
 息を吐き、この不毛な悪循環はいつ断ち切られるのかと再三問う。対処は二つ。黄瀬くんが彼女に気づいて特別にするか、彼女が成仏するか。今のところはどちらも難しそうだ。
  こちらが止めてしまったから生じた沈黙。しかし、彼女にはあまり関係なく足のない浮いている体を窓に向け外を眺めでいる。会話を、と思い口を開いた。

「黄瀬くんの特別になったら、どうするのですか?」
「さあ? どうなるのかな。私としては永久にそのまま、を希望したいけど」
「成仏は」
「するのかなあ? 天国かな。いや、自殺だから地獄かな。どっちだと思う?」
「少なくとも天国ではないでしょうね、おそらく」
「そうだよねー。あー、他人に迷惑かけるとか悪いことしてないのに」
「そういう話じゃないと思いますよ」
「なーんか、憂鬱だなあ」

 これは、悪いことわけが違う。でも、彼女が絶対に天国へ、極楽浄土で健やかに転生を待つことは不可能だ。いや、不可能であって欲しいと僕は呪う。人を呪えば穴二つ。ならば、死者の魂を呪えば穴はいくつとなる。転生を拒んだ愚者の魂ならいくつとなる。
 もしも、穴が二つのままならば僕はその墓穴を掘ろう。誰も止めやしない。
 だってこれは、決して悪いことではないから。


 金星 より



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