その想いは99%の憎悪と1%の愛情で出来てます


 私、苗字名前と赤司征十郎との関係を簡潔に端的に述べれば「幼馴染み」になる。でも、それは世間一般な見方で本人らからしたら「他人であって欲しかった知り合い」とのえらく淡白な関係だ。それに、私の場合は「増悪を向ける相手」でもあるけど。


「あ、」
「……久しぶりですね」
「そうだね、黒子くん」

 WCの決勝戦。全国の王座を賭けて戦うのは、奇跡の新星と期待される誠凜と開闘の帝王と謳われる洛山であった。
 中学校ぶりに出会った黒子くんは「あの」洛山に挑む誠凜の選手だ。
 図書室で会って話をするぐらいの仲はあったが、中学3年生の夏が終わった頃からばったり会わなくなったが。あの頃は黒子くんから黄瀬に変わって日々図書室を訪ねては落胆した表情で去っていったものだ。当然そのことは目の前にいる無表情の彼は知らないことだろうけど。
 あの、と黒子くんは口を開く。

「ここは選手や関係者以外立ち入り禁止になってますよ」
「分かってる。用が終わったらすぐに出るから」
「洛山高校の控え室はあちらですよ」
「いや、用は君だから―――黒子くん」

 おおかた赤司に用があると思ったであろう黒子くんの思惑が外れて、彼はわずかに眉が動いた。驚いているのだろう。
 「黒子くんに用があったから来たんだ」言葉を繰り返す。彼がうっかり聞き間違えたりしないように。

「用とは、何でしょうか」
「応援」
「はあ、貴方が」
「うん、誠凜に勝って欲しいから」
「それって、本心は『赤司君を負かして欲しい』ではないでしょうか」
「正解。まあ、君に取り繕ったって意味はないね。知ってるから」

 1度、黒子くんに喋ったことがあった。私が赤司征十郎のことを憎んでいる、と。
 喋った当時のことを思い出したのか、黒子くんはその無表情をしかめて絞り出した声で「確かに僕は勝ちたいです。でも、それは誠凜として洛山に勝ちたいわけで赤司君に勝ちたいってことじゃありません」と言った。
 赤司征十郎に勝ちたいわけじゃない。黒子くんが言ったことに私は微笑む。

「私としては結果的にそうなるから変わらないよ。君が勝つことも誠凜が勝つことも同じ。で、洛山が負けることも赤司が負けることも同じになる」
「確かにそうかも知れませんが、でも」
「だからね、今日赤司の心臓を握り潰してよ。あいつの『勝利主義』との心臓を」
「…………そんなことしてもどちらも報われませんよ。これは、最低なバッドエンドです」
「それでも構わないよ」

 だって、超越された才能の塊たる天才が死ぬのだから。自らが掲げる心臓を潰されて。
 幼馴染みとしてずっと近くで比べされた天才。
 何でもかんでも私の全ては赤司に比べられた。人によれば私が抱く感情が逆恨みだと馬鹿にする人間もいるだろう。でも、私はそんな人間の耳に囁いてやろう。長年積もった醜い救いようもない黒々とした劣情を。
 言い切った私を見る黒子くんの目は哀しさを含んでいた。何か言葉を成そうとしても中々形がまとまらず、結局声に変わることがなかった。そのまま蒼穹を嵌めこんだ瞳を伏せてしまう。
 腕時計の時間を見てみると予定よりもかるく押していた。

「どんな結末になろうとも君には関係ないよ。ただ黒子くんは赤司征十郎に勝てば良いだけ」
「それで、赤司君の心臓は潰れる」
「そう。―――じゃあ、頑張ってね」

 にっこりと微笑み、私は黒子くんに手をひらひらと振りこの場を立ち去ろうとする。そしたら彼が「では、心臓が潰れた赤司君はどうなるのですか」と問いた。
 そんな質問をするなんて、本当に黒子くんは馬鹿だ。お人好しより、もはや愚者の域だろう。これから相手の心臓を潰すか、それとも己の思念たる心臓を潰されるかの瀬戸際でなんとまあ。
 口角をつり上げ、

「         」

 ××

「今日であなたは死ぬのね」
「また物騒な預言だな、しかも突拍子過ぎて信憑性も薄い」
「今日、赤司征十郎は心臓を潰されて死ぬのよ」
「へえ、じゃあ死因はさしずめテツヤかい?」
「ええ、あなたが拾って手塩をかけた子に殺されるの。まるでフランスかイギリス文学かにありそうなありきたりな死に様」
「ああ、ずいぶん陳腐なストーリー構成だ。もう少し捻った方がまだ滑稽さも増しただろうに」
「道化のように死にたかった?」
「僕は死なない。勝利が絶対の世界で僕は常に勝者であるから」
「でも、今日あなたは負けるの。夏に置いていった『彼』によって」
「ずいぶん、詰まらない話だね」

 赤司征十郎は余裕な笑みを浮かべていた。そう、まだ試合が始まる前の時はまだ。
 私の預言はよく当たるのよ。だって、毎回テストの度に心は「今回こそ勝った」と満足げだけど直感は「今回も駄目だった」と冷めていたのだから。だから、毎回浮き沈みをしたりすることなんかなかった。
 今から数時間後。赤司征十郎の心臓は握り潰されるだろう。あの夏にキセキを独りよがりの天才に勝ちたいと言い切った幽霊少年によって。
 天才が、絶対勝利主義の天才の心臓が潰れる。

「その潰れた心臓の欠片なら、私はあなたを愛せれるかしら」

 幼い頃からずっと抱いていた醜い救いようもない感情がようやく誰でも思う心へと変わるのだ、きっと。
 さあ、楽しみだと待ちきれない試合は後もう少しで始まる。


 欠片程度なら愛せると思うの、わたし。



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