蝉の音に狂わされそうだ。
舌と口内を刺激していた冷たくて甘い食感はもう蒸発したように渇いてしまった。ああ、喉がカラカラだ。
柄にもなく。本当に柄にもなく、バレー以外で緊張していた。
生ぬるい風が俺たちの間を吹き抜けてゆく。彼女の濡れた頬と首元まで汗が伝っていった。そんな姿に胸がまた渇いていたい。
おいかわ。ぷるぷるとゼリーのように揺れる瞳が俺をとらえて、そう発した。とらえて、とらわれた俺は汗くさいこともこの際気にせず彼女を両腕でとらえる。
「 、」
熱がこもった息を吐いても、外はそれ以上熱を含んでいて俺の熱はどこかに消えてくれなかった。
あつい。あつい。暑いし熱い。
汗で髪がぺたりと額にくっついてうっとうしいなと思いながらも俺は笑顔を浮かべていた。
「好きだよ、君が」
強い夏の陽射しがジリジリと焼き焦がす。炎天下に晒された肌と、渇いて痛い胸も焼き焦がしていた。
それが、あつかった俺の高2の夏のある話。
゜
〇
゜。
〇
。
今日は、よく晴れた。
強い陽射しはもちろん、夏の澄みきった青空もまぶしくて目を細める。太陽に手をかざして影をつくっていたら、後ろから「及川!」と名を呼ばれた。
「次の主役がこんなとこにいて良いの?」
振り返ると、まぶしいぐらいに白い純白のウェディングドレスを身にまとった彼女が笑っていた。
ふんわり広がったドレスの裾を引きずらないよりに丁寧に持ち上げ、こちらに向かって歩いてくる。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと時間には間に合うから」
「そーですか。まあ、間に合えばいいですけど」
ふー、つかれた、と。男には分からないが、ウェディングドレスは結構重いようだ。「花嫁がおっさんになってるよ」茶化すように言えば、むうっと彼女は頬を膨らました。彼女のこの子供ぽい癖は中学生の頃から変わることがない。
「相変わらずだなぁ」ウェディングドレスの白から目を背けて言う。でも、甘い香りが鼻腔をくすぐった。………せっかく、目を背けたのに。思わず苦笑いだ。
「スピーチなに言うか考えてるよね?」
「バッチリ」
「そう、ありがとうね及川」
「いえいえ。今日は晴々しい結婚式。花嫁に喜んでもらうためにはスピーチの1つや2つぐらいするってば」
「花婿にもじゃないんだ」
「俺は女の子のほうが好きだから」
「あ、今日は女の子扱いしてくれんだ。花嫁だから?」
「まあ、そう言うところかな」
俺がおどけると、彼女が笑う。いつぞやのあの夏の日と同じ繰り返しだ。
あ、と彼女が声をもらした。そして、「あのときも女の子扱いしてくれたよね」と笑みを傾ける。
「ほら、あの人と大きい喧嘩しちゃってもう別れそうになって落ち込んでたときに」
「そんなことあったかな」
「あったよ! あのとき急にあんたがキメ顔で迫ってきてビックリしたんだから。で、しまいには『冗談』って笑うんだから哀しいのとか吹き飛んでさ、すっごいキレたなあ」
「パンチが痛かったのは覚える」
「やっぱり、覚えてた。えっと、鼻血出てっけ?」
「たぶん出てたと思うよ。後で岩ちゃんが呆れた顔してたから」
「あー、その顔は思い浮かべれるね」
岩ちゃんは絶対に女絡みだって決めつけてたなあ。その後から「いい加減にしろ」って怒られたっけ。俺別に悪いことしてないのに不憫だ。
女子のパンチでもやっぱり顔面を殴られた痛いわけでその時の痛みが甦ってきたような気がして、つい鼻を押さえる。
「でもさ、今思い返すとあれって私を慰めようとしてくれたのかなって思うんだ」
「さあ、どうだったけな」
「はあ、肝心なとこで正直じゃないなーまったく。―――ごめんね、殴って。そして、ありがとう」
俺の態度に溜め息を吐いた花嫁は、次の瞬間とびっきりの良い顔で笑ってくれた。
「どういたしまして」
俺も彼女につられて、とびっきりの笑顔を返した。
今日君の隣に立つこと結局できなかったけど、やっぱり君の笑った顔が見れただけでも嬉しいし満たされる。あー、俺って単純。うんでも、仕方ないかこれは。
君の笑った顔が、やっぱり大好きだから。
天高く澄みきった蒼天。青に浮かぶ白雲。
吹き抜ける生ぬいがどこか小さな涼しさを含んだ風。
ジリジリと晒した肌を焼き焦がそうとするギラギラな陽射し。
会話も成り立たなくするほどにうるさい蝉の音。遠くから聞こえる明るい子供の声。
外にいるだけで沸いてくる汗が貼りつく半袖のカッターシャツ。教師の目を掻い潜って捲った夏用のズボンの裾。
油断してたらすぐに溶けるから急いで食べて、舌を冷たい食感で刺激する買い食いのアイス。
あつい、あつい、と手扇で扇ぎながら呟いてしまう口癖。
―――そして、横で笑っていた夏が大好きな彼女の笑顔。
あの夏の日、俺は恋をしていました。
彼女が笑ってくれるならと、手からこぼした恋でした。
企画「彼女のトルソー」