僕の宇宙においで

 進学校の優等生かて塩分添加物にまみれた醜聞や噂話を好む人間で、中等部で起こった事も高等部にも届いていた。しかも流れてきた情報はやけに細かいおまけ付きだ。
 ここで一応うちの学校の説明を掻い摘んで話そう。うちの学校――椚ヶ丘学園に通う生徒のほぼは天才秀才とまあ簡潔に述べると賢い。まあ近所の賢い子が目指すとしたら椚ヶ丘学園ですよね、と言った感じだ。椚ヶ丘学園は中等部がある中高一貫校で、早い話親からしたら馬鹿でも行ける公立に行かせるより早い段階で我が子の頭をハイレベルにしたいようで私が通う椚ヶ丘高校の大半が中等部からの持ち上がり。私は例外な外部受験で正直持ち上がり生徒が牛耳ってる雰囲気で肩身が狭い。どうしてこうなった。と、蚊帳の高校である私の話はここで幕を閉ざせて主題に移ろう。
 中等部で起きた事。それは、受験を春前に控える中学3年生らがクラス対抗で行った1学期末テストの賭けである。
 どうやら彼らはテストの順位を競いあったとか。


 高等部よりも中等部のテスト期間の日程は遅く、中学生の彼らがテストの成績を知って顔を明るくしたり暗くしたりしている頃私立の高校生は一足早い夏休みを迎えていた。夏休みになっても中身は勉強漬けの毎日。下手すると学校に行ってる間以上を勉強している気がする。だって、昼休みや毎時間ごとにある10分休憩も短縮され勉強時間に回されるからだ。これも、超進学校の椚ヶ丘高校を無事卒業して大学進学するために必要だから致し方ない。
 自習室は前に予約していていないと取れないレベルで図書室の自習席も似たり寄ったり。自習室からあぶれてしまった生徒は大抵教室で勉強するが、周りの圧迫させる空気が好きなれない私は誰も使っていない空き教室で1人勉強していた。
 でもあのときから時々1人じゃなくなった。あのときは、私が愛用する空き教室―――第2科学室にいつものように入ったら先客がいたのだ。先客は「さすがに中学と違って種類も豊富か」と上目線で感心する中学生であった。「あれ、高校生はもう夏休みに入ってるんじゃないの? 先輩」
 噂をすると影。件の中学生が第2科学室の先客となっていた。
 赤羽業。業と書いてカルマ。最初名前を聞いたときにこいつは噂の厨二病患者かと疑ったら、本当に本名で私のなかではキラキラネームと言う形で落ち着いた。その後の彼の態度からやはり厨二病患者でありそうだが。そこは後々にでも検討してみるつもり。

「夏休みでも夏期講習があるから。それに家で勉強するより学校のほうが冷房設備整ってるから楽」
「ふーん。でも先輩、テストの結果良かったんじゃなかったっけ」
「良かったよ、ほどほどには。でもそれは偶々今回は山張ってたのが当たっただけ。夏休み開けの宿題考査から転けそうで怖いよ」
「大変だね、高校生は」
「中学生も、じゃないの。この前言ってた賭けの件、どうなったの?」
「っ、」

 最初に顔を付き合わせたときはまだ赤羽君はいつもの飄々とした調子を保とうとしていた。だけど、私が前に赤羽君が言っていた『賭けの件』を口に出すといつもの笑みが彼の顔から消える。代わりに(男子の癖にやけに)色白な顔が林檎のように赤く赤くなっていた。そしてぶつぶつと「あのタコぜってぇ殺す」と物騒なことを口にしているじゃないか。
 でも、そんな年相当な姿を出逢って半年足らずほどの付き合いだったが見たことがなかった。イタズラや小細工を仕込むときの悪ガキな表情や大人……いや“先生”と言う立場の大人に絶望した生徒の表情は見たことはあったけど。あの赤羽君が赤っ恥かあ、と微笑む。今回の“先生”は君にそんな表情をさせれるほどの強者のようだ。
 にまにまと、いつも赤羽君が浮かべる笑みを顔に貼りつかせる。

「黙りは良くないなー、赤羽君」
「………」
「結果、どうだった? 余裕ぶっこいて居眠りしてたウサギ君」
「あんた、結果知ってんじゃないの」
「うーん、どうだろうね。ねえ、言ってくれるっていう約束はどうなったのかな」
「…………賭けは、勝った」
「『俺以外は』」
「…………」
「やっぱり言った通りになったかー。担任の先生にもどうせ言われたんでしょ。『怠け者がついていけるわけがない』って」
「うるさいっ!」
「はあ、痛いとこ突かれて喚くなんて子供ですねー赤羽君は」

 赤羽君はそれ以上言葉が思いつかないのか歯をギリギリと言わせていた。今にでも私に飛びかかってうるさい喉笛を噛み千切ってやりたいと寸前で我慢する獣そのものだ、まるで。
 まあ、ここで手や口を出さなくなった辺りは成長したのだろう。言い訳をするワケでもなく、反論するワケでもない。ただありのままに『自分の惰性が招いた結果』として自己の中で溶かしていこうとする姿勢。だから他者から何を言われようが文句も言わなくなった。これも、噂のE組の担任のお蔭なのだろう。不良少年の更正。噂の先生は熱血ラグビー青春ドラマの再演する気なのか。
 とにかくも、今赤羽君にしたいことは落ちてしまった彼の成績を突くことじゃない。私がしたい本当にしたいことは、

「今回のこと、気にしてるならさ勉強しよう。そしたら次のテストからクールにカッコよくキメれるよ」

 赤羽君に少しでも勉強させることだ。

「はあ?」
「別に赤羽君の先生は『真面目に勉強しなさい』と言ったワケじゃないでしょ。ただ『怠け者がついていけるわけがない』と言っただけ」
「何が言いたいの」
「いやあね、正直な話赤羽君の頭は出来が良いから必死こいて勉強しなくても程々は取れるわけ。今回の順位だって前回に比べたら悪いけど広い目で見たら良いとこにはいると思うよ」
「でも、あいつらに勝てなきゃ意味ないでしょ」
「じゃあ、勝つにはどうしたら良い? テスト前日に全員に盛って食中毒か下痢かで相手の成績でも下げる?」
「………それで勝てるなら構わないけど、ムカつくから嫌だそれ」
「そうだね、ムカつくねそれは。なら残された手は結局勉強しかないワケだ、オーケー?」

 首を傾げ、わざとらしく問いかけたら赤羽君は観念したように逆立てた毛を解すように息を吐く。その反応をイエスと受けとり、私は話を進める。

「怠けない程度に勉強しようよ、一緒に」
「あんたさ、その『一緒に』が本題じゃないの?」
「なんのことかさっぱりー」
「………で、勉強って何から始めるの? ちなみに俺、総合狙ってるから」
「でかいこと言うなあ。目指すなら頂点。まるで少年漫画の主人公じゃん、赤羽君」
「うるさい。どっからすんの? やっぱり数学から?」
「おー、私の思ってることを見事的中させるなんて! 絆だ!!」
「じゃあ、先輩との絆はきっと厄介な物の導火線だ」
「そこまで言わなくてもいいじゃん」

 はー、傷ついた傷ついた。と、ぼやきながら私はカバン中を漁る。ルーズリーフと筆箱。その2つを取り出し、赤羽君に1人分渡す。
 さて、と話を整えよう。

「世界で美しい数式はなにか知ってる?」
「オイラーの等式でしょ」
「正解。まずオイラーの等式から解いて行こう!」
「それ、先輩が個人的な好みじゃないの?」
「好みでもなんでも勉強することには変わりない。赤羽君はこの数式がどんなに素晴らしいか知らないから言えるんだよ」

 オイラーの等式には、0、1、i、π、e^Xが存在する。
 0は無の世界を1は実数の世界をiは虚数の世界をの根底にありとし。π は広大な宇宙に無数に存在する惑星の運行の根底にある定数。また e^xはこの世の自然現象と密接繋がる指数関数の親玉。
 これらの超越的な数が一つの数式の中に、しかも等号で結ばれて存在しているということは………まさにこの式の発見をもって奇跡のというに他ならないワケだ。この数式を導いたオイラーの素晴らしさが理解できるできるだろうか! この数式の美しさが!

「分かる!?」
「分からない。数学なんて所詮パターンの嵌め込みでそこに美学やらなんやら感じる必要性はないでしょ」
「ふんっ、だから赤羽君はいつまで経っても2番手なんだよ」
「………良いよ、何時間でも聞いてあげるからさっきの言葉撤回してね」
「赤羽君こそ二言は認めないよ」
「っは、それこそないね」


 獣 より



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