君といた日々と輝きに代えて




(年齢操作・自殺表現注意)


 ある女が死んだ。死因は入水自殺。おまけに世間では心中だったと言われている。しかも、心中自殺で死んだのが女だけと言うのだからまたもやあの文豪と生き延びた男が重なった。
 女と男の部屋から遺書が見つかり、多忙の警察も『自殺』と決めつけ捜査ははい終わりと呆気ない結末だった。物質的に後残されたのはそれぞれの遺留品のみ。女の遺族がいつまで経っても来ないために巡り巡って俺にお鉢が回ってきたわけだ。
 都内の安めのマンションで独り暮らしであった女の件と遺留品の整理に来ましたと告げれば管理人は「残念だったね」と一言添えてスペアキーを渡した。俺はそのままゆったりとした歩調で向かい、時おり吐く白い息に寒いよなと一人心地に呟く。やがて女の部屋に着き、渡されたスペアキーを挿しこみ戸を開けた。

 中は意外にも綺麗な状態を維持したままだった。だがさすが部屋の換気ぐらいは必要だと思い、ベランダに通じる硝子戸のみカラカラと音を立てながら開ける。風がゆるやかに室内へ入ってきた。
 さて、整理始めるか。死人の遺品を勝手にあれこれするだけでも心に引っ掛かるものがあると言うのに、その上異性の物だと意識すると当然気の良いものではない。もう返ってこないつもりだったのだろうで、物をある程度自身で処理していたりしたことに皮肉ながらもありがたかったと思った。クズな考えをした自分を轢き殺したいとさえも思った。

 おおかたの整理も終えた時に、“それ”は見つかった。
 大きめの小物入れだ。
 小物入れには見覚えがあった。いや、懐かしさもこみ上げるほどに。どうしてこれが……と思った。じゅわじゅわとわいてくる唾液を呑み、おそるおそる小物入れを開ける。
 中身は、大量の写真だった。
 全部手に取り、1枚1枚確認する。ああ、と声がもれた。どうして、とも。どうして、こんな写真わざわざとってんだよっ…………。手からはらはらと写真が落ちる。
 立ち尽くしている俺に、ベランダから入ってきた強い風がぶありと当たり足元の写真らを高く舞わせた。それらが射し込む夕日に反射し、きらきらと輝く。いつしかの言われた言葉をふいに思い出す。―――思い出ってきらきらして綺麗なままなんだよ。
 綺麗な思い出には、自殺した女と俺の2人が写っていた。

 結婚しようとプロポーズした後のことだった、それは。愛していると柄にもなく告げて婚約指輪も渡した後だ。突然会社を退職して、しかも俺からも姿を消した。行方を探したい反面、彼女が隠している過去に関するのかと思って中々動けないでいた。
 その矢先だ、彼女が自殺をしたと聞いたのは。しかも警察曰く俺も知らない男と心中だと。初めは何か悪い冗談だと思った。だが、警察の淡々とした声がより現実を極め打ち付けられた。嘘だと取り乱す余白さえなかったのだ。
 なあ、どうしてだよ。指輪を渡した夜は本当に嬉しそうにしていたじゃないか。どうして。その言葉は冷たくなった彼女の遺体を前にして一層を帯びた。どうして、とつのる疑問。もう溢れ出しそうな時に、遺留品の整理を頼まれた。それは藁にも縋りたいものだった。
 ―――俺と彼女の2人が写っている大量の写真を見つけた。

「なあ、どうしてだよ……」

 写真の裏に数行の文が書かれていた。日付とその日起きたこと、加えて天気も。それは女が死ぬ日まであった。



“6月20日 雨のち曇り
宮地くんが部長に怒られて、影で舌打ちしながら「ぜってぇ、轢く」と言っていた。”

“10月3日 晴れ
宮地くんが職場に私と同じ苗字の人がいてややこしいからと言って名前で呼んで良いかと聞いてきた。ついビックリして了解してしまった。”

“1月6日 晴れ
宮地くんがお正月の家族旅行に付き合わされたらしくお土産をくれた。可愛らしいカップだった。そして、どうしてか「付き合ってほしい」と告白された。”

“1月8日 分からない
ずっと死のうと思っていた。でも、ことしの正月過ぎに宮地くんに告白された。曖昧な答えを返したら、じゃあそれまで待つと返された。それまで生きてみようと思った。”

“3月14日 雨
宮地くんと初めて一緒に写真を撮った。すっごく緊張した。”

“5月9日 晴れ
宮地くんと遊びに行った。晴れてて良かった。”

“5月25日 曇り
昔から私に誇れるものなんてない。学問もない、才能もない。体も醜い、心だってもっと醜い。けれども、宮地くんがアンタだから良いと言った。”

“6月5日 雨じゃなかった
宮地くんと喧嘩した。”

“6月6日 晴れ
宮地くんと仲直りできた。轢くぞとかるく怒られたけど宮地くんは怖くなかった。”

“8月9日 雨
宮地くんが私の過去について少し知ってしまった。でも彼は「アンタが生きてさえいたなら良い」とそれ以上はなにも言わなかった。”

“8月17日 猛暑
宮地くんと海に行った。宮地くん含め周りにいる人々がすごく可憐で、そうして何だが美しく思えると言ったら、「俺からしたらアンタも同じだ」と言われた。反応に困ったら彼は顔を赤くして「分かれよ、轢くぞ」と言った。”

“10月21日 晴れ
宮地くんが指輪をくれた。そして結婚しようと。”

“10月23日
会社を辞めた。そして宮地くんの前から姿を消すことにした。”

“10月29日
宮地くんがいて、空っぽだった私はすっごく満たされた。もう味わいようのない幸せまで彼はくれた。”

“11月4日
私はもうじき死のうと思う。元々長く生きるつもりもなかったから。あの人が昔に「お前はなにもなく死ぬんだ」と吐き捨てられた言葉を思い出した。”

“11月10日
あの人に会いに行った。あの人にプロポーズされたと報告したけどなにも返しがなかった。いつも通りだった。死のうと思うと言っても変わらなかった。”

“11月13日
昔あの人と最初で最後だった写真を見つけた。近所の写真屋さんで撮ったのだ。写真屋さんの「思い出はいつまでも輝かしいものなんだ」との言葉は大好きな言葉だ。”

“11月17日
宮地くんにごめんねと謝りたい。ごめんね、こんな人間で。ごめんね、愛してくれて。ごめんね。ごめんね”

“11月20日
宮地くん、あなたのことが嫌いになったわけじゃない。あなたと共に生きることが嫌だったわけじゃない。ただ、私がこれ以上いたらいけないだけだから。私は泣き虫だから。幸福を前にしても泣き虫だから。”

“11月21日
生きていくこと、それはなんともやりきれない息も絶えない大事業だった。でも、宮地くんのお蔭で苦しいだけじゃなかった。”

“11月26日
私はどうして生きないとならないか、分からなかった。でも、人間は恋と革命をするために生まれてきたのだと言われたら今は納得できる。”

“11月29日
私がここにいたことも、宮地くんといたことも信実。信実は、けっして空虚な妄想でないことに私は感謝したい。”

“11月30日 晴れ
あなたは素敵な人だから素晴らしい明日があります。どうか、私のことなど忘れてください。最後までこんな人間でごめんね。宮地くん、ありがとう。”



 最期の日は俺への言葉だけが書かれてあった。写真に写っていたのは、左手だった。薬指にはキラキラと煌めきがひとつ。この最後のを書いた後に女は冬の川へと溺れ死に逝った。思い出を輝きに代えて、輝きに包まれながら。
 全部読みきった後、俺は一息吐いた。そして、自殺未遂となり生き延びた男と会ったときに告げられたことが頭に浮かぶ。


“ ああ、お前があの人が言っていた『紐の先の人』か ”


 男は発した言葉は俺へのそれだけだった。俺が男を訪れるまで男は何も言わなかった。黙秘を続けたのだ。だから、男の言葉を聞いた俺以外は女と男が心中したこととなっていた。まるで、彼の文豪の生涯をなぞるように。
 黄昏はもうとっくの昔に夜へと落ちていた。
 俺は、長く生きてみようと思った。彼女が言う『素晴らしい明日』を越えて、いつしかどこか彼女に逢ったらいつものように「轢くぞ」と怒ろうか。



「では、私はお先にいきますね」
 その足首の紐はなんだ?
「え、この紐ですか?」
 ああ、その紐。先に繋がってるのは恋人だった奴か。
「いえ、いたじゃなくていますよ。ほら、彼からもらいました」
 ……そう、か。お前には隣がいたのか
「はい、私の隣には彼がいます」


 企画「僕の知らない世界で」 第22回・隣はあの子のもの



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