彼女に告白をした。
君のことが好きだと。彼女の返しはNOで「ごめんなさい」と悲しそうな顔をして告げるのみ。浮かべていた痛切な表情が実際に言われた本人以上に傷ついていて、まるで俺のほうが加害者になってしまったような気持ちになった。
君が加害者の筈なのに不思議だ、と微笑か苦笑か曖昧な笑みをひっそりと浮かべる。
「知ってたんだ。知ってて言った。君の目がずっと“アイツ”を捉えていたことをね」
「っ・・・・・・ごめんなさい」
ほらまた、俺が言葉を発するだけで君は被害者の面をする。
「たとえ・・・・・・・・・それでも、わたしは好きなの」
悲しみを浮かべる彼女が伏せた目は、果たしてなにを映していたのだろうか。
◆◇◆
月子のために焼いたマドレーヌを届けてあげようと校内を歩いていたら、彼女の姿をその目で捉えた。
オトコの俺に比べても、同じオンナの月子と比べても小さな彼女はその身をさらに小さく小さく縮こませていた。そして、息をひそめて食いるように先を見詰めてもいた。
身を隠してうずくまる彼女の視線の先は―――ああ、やっぱり“アイツ”だったか。
ほぼ生まれた時からの幼馴染。病弱で、そのことを弱さだと決めつけて強くなろうとする不器用な幼馴染。―――哉太の姿が、彼女の視線先にあった。そして、月子の姿も。
つい1週間も前になるだろうか。授業中に哉太が発作で倒れ病院に運ばれたのは。その時医者から「少なくても1ヶ月は絶対安静に」と入院を言い渡された筈だが、月子と一緒にいるということは紛れもなく病院を抜け出してきたに違いない。
目の前でうずくまる彼女の耳にも「哉太が倒れた」との情報は届いていたのだろう。なおかつ、少なくても1ヶ月は帰ってこないとも知っている筈。
だから、ああやって月子と喋っている哉太を見た瞬間さぞかし驚いたのが、目に浮かんだ。
で、話しかけることもできず今のように身を小さく丸めて、声を押し殺しながらも目はずっと2人を見詰め続けている。
恋は盲目。相手の悪いところですらも美点に見えて盲目的になる、とのわけだけではなく、自分が行っていることすら目に入っていないことももしかしたら指すかも知れない、とこの瞬間俺は思った。
今の彼女はお世辞にも「素敵」「素晴らしい」「美しい」だと、他人が思えるわけがないだろう。彼女の内で巣食うっているのは、恋とか愛とか表面的な美しさだけで、中はおぞましい執着が魅せる化物だ。そんな得体の知れない化物を、他人が受け入れるとは到底思えない。あり得ないことだ。
例え、受け入れる人間が現れるとしよう。果たして、その人間は褒められたまっとうな人間だろうか? 俺は勝手な自己解釈だが絶対にまっとうじゃないと思っている。狂っている。俺はそう自信満々に言えるのは確かであった。
小さくうずくまっている彼女にひっそりと近づき、彼女の目を覆った。
俺の行動に驚き、声をあげようとした彼女の耳元で「ばれるよ」と囁く。・・・・・はは、今度は俺がちゃんとした加害者みたいだな。
俺の声で声もあげず大人しくなって「東月くん・・・・・・・・?」とふるえた声が返ってきた。
「正解。哉太のこと見てたんだ」
「・・・・・・見てたよ」
「そうか。今、どう思っている?」
「意地悪な質問だね。とっても寂しいかな。そしてね、自分自身のこと『馬鹿だなあ』って思ってる」
「『馬鹿だなあ』?」
「矛盾、しているような感じ。見たくないのにどうしても見てしまうこととかかな」
目を隠した俺と目を隠された彼女。2人の間に流れる空気は告白した時のと比べて、とても穏やかだった。その理由は・・・・・・・・・言わずと知れることだろうけど。
「―――苦しくは、ないの?」
「東月くん?」
「ずっと、ずっとその想いは終わらないまま。それでも、構わないと思うのかい?」
熱がこもっていく声。それに流されて、彼女の声にも熱がこもり出す。
「構うわけ、ないよ」
隠した目はまた被害者の色を帯びているだろうか。今の彼女は加害者ではないが。今の俺と哉太が加害者に回っているから。
「ならどうして、なにもしない。今のままだったら始まることなんてない」
「始まらなくて、いいんだよ」
「え?」
「始まってなくて、いいって言ったの」
「・・・・・・・・・」
「このままでいいの。元から始まっていない想いなんて始めなくていい」
彼女はそう言い切って、目を覆っていた俺の手に触れた。
「これで、いいの」
と、繰り返し狂った言葉を紡ぐ。
彼女の答えを聞いた瞬間、俺は息が止まった。いや、もしかしたら心臓すら動きを止めたかも知れない。
―――愚かだとあぐねる。ここまでの狂気を纏ってしまってもなお彼女は外見変わらず“恋”をしている。
執着に絡め取られた盲信的で狂った感情。でも、そんなオゾマシイ想いを抱いているのは彼女だけではなく俺自身もだった。
頭では「馬鹿げている」と思っているし理解もしている。それでも、俺はこうやって彼女の目を隠している今でも彼女のことが好きなんだ。狂ったように。気が触れたように。
ああ、結局2人揃ったとしても愚かなままなんだな。
悲しい夜から逃げる方法なんて、ないんだよ
企画「曰わく、」