次から気を付けます

 俺は嘘が嫌いなんだ。
 突然どうした、と思いながら表面上を取り繕い「へえ、そうなんだ」と明るく返した。
 お前は、本当に無自覚の阿呆かそれとも本物の詐欺師にでもなるつもりか? 俺は………いや、今のは忘れろ。
 言い過ぎたと自粛したまだ幼い横顔が夕暮れの色に染まるのを眺めていた。

 ▼△▼

 赤司征十郎との関わりは中学2年生までだった。家の事情でやむを得ず転校することになったのだ。単なるクラスメート以上の関係ではなかった私と赤司征十郎の関係はそこで終わった。
 それから5年。移り住んだ京都の大学に進学した私は彼と再会を果たした。
 偶々同じ講義を取っていて、偶々隣の席に座ったのが再会のきっかけとなる。その日は朝寝坊をして講義に遅刻しそうになっていつもの指定席に座れなかったから、空いている席に座った隣に彼がいたのだ。しかし、5年振りである同級生の顔などろくに覚えていなかった私は気づかなかった。でも反対に、彼は覚えていたのだ。わー、さすが首席の天才だ。
 講義が終わった後に声をかけられ、そこで初めて隣の彼が同級生であった赤司征十郎だと理解。で、地味に赤司征十郎と再び交流を始めることとなる。

 どうして。いや、本当にどうして。疑問符が頭で小躍りしてそうだ。いやいや、もしくは沸き出すぎているかも知れない。どうして?

「………」
「………」

 私と赤司征十郎の間に沈黙が吹き抜ける。ほら、ひゅるるるって。宮沢賢治の世界観の風みたいに。
 困惑している私の姿が、赤司の猫みたいな赤い双眸に映る。
 えっと、確か私は赤司に誘い出されてここに来た。で、壁と赤司に挟まれて身動きができなくなった。………いや、どうしてだ。
 腕を掴む手の力は強くない。でも、私を貫かんとする剣幕は鋭い。赤司に、そんな親敵のごとく睨まれる覚えもこうも追い詰められる覚えもなかった。記憶の箱を引っくり返しても見つからない。
 赤司、と試しに呼んでみたが彼の反応は無だ。でもずっとこのまま見詰められたままは居心地が悪い。かと言っても、呼び続けても無駄な予感があった。結局どうしたらいいのか、と匙を投げ出しそうになったときに赤司の声が言葉を紡いだ。

「僕は嘘が嫌いだ」

 は、はあ。と、しか言葉が出なかった。いやだって、それしかでないのだから仕方ない。

「僕はね、嘘が嫌いなんだ」
「うん、聞こえてる。嘘が嫌いなんだね」
「ああ、だから君のことも嫌いだった」
「へ?」
「でも、『君』のことは気に入ってる。うやむやにぐるりぐるりと迷いに迷って、1回転した。で、開き直った結果『君』のことは気に入ることを許した」
「ごめん、意味不明だわ」

 やはり、天性の天才様が考えることは凡人には理解できない模様で。林檎が木から落ちただけで「これは重力が働いているんだ!」と研究を始めたニュートンの思考回路並みだ。いや、これは結構うろ覚えの知識と省略した説明だが。でも、例えをあげるならばこうである。
 理解不明。理解不明。エラーエラーと赤ランプ作動なうだ。
 わけの分からない言葉に赤司は特に表情の色を変えることもなく、「僕が昔の君に言ったんだ。『嘘は嫌いだ』って」と告げた。ん、うーん。言われた気もしなくはないがどうだろうか。5年前となると記憶が薄れていた。赤司には申し訳ないが。

「どうせ、覚えていないと思っていたよ」
「あはは、ご明察です。言われた気はしなくもないけど」
「まあ、いいさ。昔のことはどうでもいいからね」
「左様ですか」
「で、話は戻るが僕は嘘が嫌いなんだ」
「うん、それについては理解したけど………私赤司に嘘吐いたことあった?」

 嘘。赤司と交わした言葉に果たしてそれは含まれていただろうか。はて、と首を傾げる。

「『俺』にはなかった」
「ふーん、そうか」

 一瞬赤司の一人称が変わった気がしたが再び「でも、僕はある」と言って、考えていたことから気を逸らされた。

「現在進行形でだけど」
「えー、なにそれ」
「……やっぱり、お前は嘘吐きだな」

 と、薄く笑った直後に赤司が私の手をとりあろうことか指を噛んだ。噛まれたのは左の小指だった。
 っ〜〜〜! いったいいたいたいたいたいたいたいっ!! ちぎれるちぎれる!
 痛みに悶絶する私は必死に赤司の体を叩き止めるように訴えるが、男女の力差であろうか赤司はびくりとも動かない。―――ぶちっ。「今なんかちぎれた音したよね!?」

「うるさい」
「いやだって! …………って、いつからあなたは吸血鬼になったのですか?」
「うるさい」

 噛み千切られた小指の皮膚が裂け、あふれる鮮やかな赤を舌で掬い舐める赤司。と、突然の赤司の奇行に呆然とする私。君はいったいなにがやりたいんだ? 涙目の無言の訴えに赤司はまたあの猫ような双眸が反対に「お前が悪いんだ」と責めているようだった。おいおい、私がなにした。
 しばらくの間、赤い目に見詰められ見詰め返すとの奇妙な状況で固定されてしまったが先に目線を外したのは赤い目だった。私の傷口を見て、

「君は嘘吐きだ」

 そう言って、赤司は傷口を甘噛みした。

 お前は嘘吐きだな。
 えー、私が嘘吐きっておもしろくない冗談。ジョークにしてもつまらないね。
 冗談でもジョークでもない。他は絶対に見えていないが俺は分かっている。お前がどうしようもない嘘吐きだって。まるで息をするように軽々と吐くものだから自覚も罪悪もないとも。
 自覚も罪悪もないって、なら私は分からないじゃん。それで、赤司は分かるって不平等だなあ。
 なら、分かるように教えてやろうか。
 え、えーっと、遠慮しときます。なんか怖いから。
 そうか。まあ、俺は嘘が嫌いだから断られても知らないが。

 実は思い出していた記憶をなぞる。
 本当に赤司は恐ろしいな。おー、こわいこわい。いや、おふざけじゃなくて本当に怖い。
 始め、赤司に捕まった際に落としたカバンの中にあるケータイは今もバイブで震えているのだろう。あー、メール何件ぐらい来てるかな。この前朝の10分ぐらいで最高62件も来て記録を更新したから。今はたぶん100件とか越えてそうだ。
 だって、赤司が急に私の指を噛み出したから。きっとうざいぐらいメールを送ってくる相手もなんらかの方法でリアルタイムで知ったのでしょうね。
 不器用な、いやはや不器用でつい世界滅亡とかしちゃいそうなほどに不器用な赤司に私は「えー、ひどいなぁ」と明るく笑う。そう言えば、夕暮れに染まる教室でも私は明るく笑っていた。確かその時は母がノイローゼになってたっけ。

「君はいつになったら素直になる」

 うん、まあいつになるだろうね。赤司の問いに曖昧に答える。
 とりあえず、次から頑張って気をつけてみます。


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