そうやって海になるの

(黄瀬くんが自他認める水好きっていう設定を踏まえてお願いします。そして黄瀬くんの思考回路がちょっとおかしいです)



 黄瀬くんは普段お茶か水かどちらかを選ぶ場合、水を選ぶ。それはパックジュースも同じだ。彼曰く「水って血液がさらさらになるんスよ。ほら、俺モデルで倒れたり健康診断で引っかかったら色々面倒で」とのこと。
 つまり、いかなる選択であっても黄瀬くんは水を選んでいた。
 そう、ここで重要なのは『いた』との過去分詞。英文法風に言えば、“He had chosen water.”。
 現在、今さっき自動販売機で飲み物を購入した際に彼が選んだのは―――お茶だった。水ではなくお茶。どうしてだろう。そう疑問を抱いたものの、お茶を買った行動が単純に気まぐれみたいなものかも知れないと思い開きかけた口を噤んだ。

 最近、黄瀬くんはどこかへんです。ある日の部活帰り黒子はいつもの無表情のまま、そう俺にぼやいた。
 あいかわらず表情筋が死滅しているのだよ、と思いながら耳を傾けていた黒子の話に俺もわずかながら同意したくなる節があった。俺も、最近の黄瀬が以前の黄瀬と違うように感じていたからだ。
  違和感。確かに違和感にはかわりない。しかし、どこか妙な違和感でもあったのだよ。
 ああ、あれなのだよ。水だ。最近の黄瀬は水を飲まなくなった。部活中は自然とスポーツドリンクになるが、黄瀬はその他の日常では水を必ずと言っても良いほど飲んでいたのだよ。
 だが、最近は水以外だけを口にするようになった。

 なーんか、最近の黄瀬ちんとその他がおかしい。
 台風の目みたいな黄瀬ちんはもちろん黒ちんや緑ちん、そして赤ちんや桃ちんもおかしい。唯一の例外っぽい峰ちんもおかしくはないがみょーにおかしい。
 べつに誰かがおかしくなることにたいして、おれは関係ねーしどうにかなるわけでねーもん。だから、関係ないし。
 ああ、でもこのおかしい中でも赤ちんと桃ちんは違ってはいるみたいで。満足そうに笑っている黄瀬ちんを見ては、すこしだけ困った顔してからね。あのは2人はなんか知ってるっぽい感じだよねー。

 俺は、黄瀬に言った。
 テメー、最近どうしたんだよって。そしたら、アイツはなにも分かってませんみたいな顔をして「どうしたってどうしたんスか?」ってよ。
 無自覚かコイツ、と毒づいた顔にイラついたからついストレートに黄瀬の野郎に言ってしまった。お前、どーして最近水飲まねぇんだって。前はバカみてーに健康やら体にいいやら女みたいな理由で水しかほとんど飲んでなかったのによって。
 ずっとモヤモヤしていたことを言ってやったら黄瀬のヤツ――――気持ちわりぃぐれーキレイに笑っていやがったんだ。
 そしたらアイツ何て言ったと思うか? 気色わりぃ笑み浮かべたままアイツが言ったんだ。「―――――



゜。




 上の階の窓から複数の女子が、今はあまり使われていない教室から出ていくのが見えてオレの心が踊った。
 開いていたドアから入ると、教室の隅っこでうなだれる女の子の姿を捉えた瞬間から口角が自然とつり上がる。ああ、なんて。

「どぉーしたの?」

 誰もがこの、悲惨な状況でこんな風に明るい声を出せないだろう。
 破かれた制服の切れ端や無惨に切られた紙が床に散乱していたりする状況で、誰が。

「ね、きみ」

 膝を折り曲げて腰を下ろす。そして、うなだれる彼女と同じ目線に合わせてオレは今ある至福に恍惚した笑みを浮かべた。
 ねえ、きみはいま泣いているのかな? うつむいて、艶を失いつつある黒髪の帳の向こうはオレが焦がれる涙を流しているの?
  モデルで撮られている笑顔よりも反対の意味で生き生きとしているおキレイな笑みを浮かべて反応を待っていたら、うなだれていた彼女の瞳がまっすぐとオレの黄色い双眸を睨みつける。ああ、とオレの心が踊った。意思強く睨む瞳は潤みポロポロと涙を流しているじゃないか!

「どの面下げて『どうした』じゃないでしょ」

「うん、オレがわるい」

「………いつも通り聞いてないし」

「きみのそーいう適応力の高さも好きッスよ」

 端から見たらオレは気が狂っているのだろうな、と思った。それもそうだ。でも、その気狂いの理由は“彼女”じゃない。正直苗字名前との人間にはなんら興味を持たない。いや、持っていない。
 オレが、周囲に異常だと思われるほどに惹かれているのはもっと別のものだから。

「また、オレのせいで苛められていた。またオレのせいで酷い目に会った。またオレのせいでこんな風にボロボロになっていた。またオレのせいできみは泣いている」

 頤をくいっと上げて、彼女の顔とオレの顔の距離感が近づく。軽く、息をのむ息づかいが耳を掠めた。
 何をされるか分かっているからか、それかもうそんなことすら諦めたからだろうか。いや、そんなこともどうでもいい。
 オレが“彼女”に対して気にするのは唯一、コノコトだけでじゅーぶん。

「っ、」

 わずかに身動ぐ彼女。それにも構わず彼女の瞳からこぼれそうなものを舌で掬うオレ。
 きっと頭がわいた芸術家ぐらいが扇情的や耽美的、情熱的だと騒ぎだすだろうなあ、とゆるやかに思いながらオレは彼女の“涙”を口に含み続けた。
  ああ、と心の声がこぼれる。“彼女の涙”はとても魅惑的で甘美なものだった。
 一度だ。一度だけ涙を口にした瞬間から魅了られた。魅せられ、惹かれ、恋い焦がれた。
 それからと言うもの、オレはずっと好んで飲んでいた水を一切受け入れなくなった。涙が。彼女の涙が忘れられない。
 忘れられないからまた求めた。
 このおキレイな顔は本当によく使える。女が喜ぶ笑顔を貼りつけて近づけば、めくるめくるごとくオレの思惑に物事がハマっていく。だからこそ、彼女の涙にありつけると言うことだ。

 他の水なんて要らない。いや、他の飲み物も本当は要らない。オレの胎内に要るのは、彼女の涙だけでいいのに。
 彼女の涙だけを口にして、やがて胎内で涙の海ができる。

「すっごく、満たされるじゃないか」


 企画「少年少女」



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