4月。今日から中学2年生となったおれはクラス発表をまだかまだかと期待に胸を膨らまして待っていた。そして、始業式で集まった体育館で渡された紙―――それぞれのクラスが書かれた用紙がようやく配られた。
うきうき。わくわく。目を輝かしながらおれは自分の名前を探す。あ、今年は3組か。担任の先生は誰だろう? 同じクラスに友達いるかな? 気になる気持ちが今にでもあばれだしそうで、我慢もできそうにないぐらいだった。
「あ、」
―――苗字名前
小学校から付き合いがある女の子の名前が、同じ3組のところに書かれてあった。今年もいっしょなんだって、今年もそう感想を抱く。
新しいクラス順で並んでいる列に目を向ける。………やっぱり、いない。
時間はもう8時25分を過ぎていて、あと数分でチャイムが鳴ってしまう。でも、そこにいなければならないと思う名前の姿はなかった。
「また、逃げ出したよね………やっぱり」
ここでの『やっぱり』はほぼ確定の意味としたやっぱり。
たまたま近くに同じクラスとなった友達がいたから「ごめん、抜けるから先生に伝えといて」と言ったら、これまた長い付き合いの友達は分かった顔をして頷いてくれた。
さて、去年はどこに隠れてたっけ? 入学式直前のときのことを思い出す。
体育館を出ていく前にチラッと時計を確認したら8時27分だった。もう始業式には間に合わないな、と思いながら逃げ出した名前が隠れていそうな場所に向かった。
×××
うつむいている彼女の両手をにぎり、おれはやわらかい笑顔を浮かべる。
「ねえ、名前」
名前とは、小学校からトモダチ………と言うのにはちょっと近くてあいまいな線引きの上に立っている女の子だ。
ふたりの出会いと手短に説明したら、なかなかクラスに馴染めなかったから当時のおれが手を引っ張っていったと言うところ。そして、今もあのときと同じ状況となっていた。
「大丈夫だから、顔あげて」
「しょう、くん」
「大丈夫だって! 新しいクラスでもすぐなれるよ」
プライバシーなにそれ。人見知りなにそれ。良く言えば「明るい」と評価されるおれのちかくに10年ぐらいいたに関わらず、名前の人見知りは治ることはなかった。
新しく人に接するたびに怯えて、こうやって逃げ出してしまう。もう、ここまできたら不治の病かなにかだと本気で思ってしまったこともあったり。
毎回、毎回毎回逃げ出す名前を説得していっしょについていってあげるのがおれの仕事。
毎回こうしていたら、なんだか手のかかる妹がもうひとりできたように感じてしまうのは内緒にしている。だって言ったら、おれのことを世話が焼ける弟かなにかだと思っている名前が頬を膨らませるから。「わたしのほうが誕生日はやいよ」って、いつも決まってこれを言っていた。
「でも、やっぱり……」
いくら大丈夫だよって言葉を並べるより、実際にアレを言ったほうが良いかと思った。
にぎっていた名前の指とおれの指を絡まして、コツンとおでこおでこを合わせる。
そして、告げた。ふたりだけのおまじないを。
「―――“2人いっしょならなんだって、できるよ”」
と、笑う。
そしたら名前はちいさな声で「ほんとうに?」とゆらゆらと不安定な声を出した。つかさずおれは、
「もちろん! おれがコレで嘘吐いたことあった?」
「な、い。しょうくんが言ったことが嘘になっことがない」
「でしょ。じゃあ、2人でいっしょに行こ」
「うん」
そう素直に頷く名前の手を引く。もう式は終わっているだろうから向かう先は教室だ。
ねえ、怯えなくて大丈夫だよ。きみは世界から嫌われてなんかいない。たった1歩だけ踏み出したら、きみのほうから踏み出すだけで世界はきみを受け入れてくれるから。
きみにその勇気をあげれるなら、おれは何度だって小さいときに2人でつくったおまじないをしてあげるから。
企画「懶惰」 第10回 この願いがきみに届きますように