云わぬが花

 ミカサ・アッカマーンは呪われている。
 俺は、このときついに確信した。

 ミカサのことを観察し始めたのは、同室のジャンが彼女に好意を見せたからだ。
 夕食時間の時にミカサに見惚れ、彼女の黒髪のことを褒めたが翌日髪をばっさり切って撃沈したジャンを見ていて笑いを堪えていたのは今でも爆笑のネタとして頭に刻んでいる。いやいや、不憫で不憫でひたすら不憫なジャンのことは横に置いておこう。このままだったらジャンの負け戦の話で一晩ぐらい明けそうだから。
 さて、ミカサの話だ。
 エレンとアルミンの幼馴染みらしく、5年前の超大型巨人を目にしたシガンナ区の生き残り。で、稀に見ない逸材の天才首席様。
 人の耳伝から聞いた話を要点のみで簡潔に述べるとしたらこうなる。ああ、最近ではエレンとずっと一緒に住んでいたらしいってこと聞いたな。エレンとしては誤解が解けてホッとしているが、むしろジャンからしたら逆だった。火に油状態だ。
 今も、ミカサと一緒に住んでいたことを引き合いに今現在エレンにぶつかっている。

「今日も元気に喧嘩するなあ。元気なことは良いが、そろそろ止めないと長官にしごかれるぞ」
「そう思うなら、一緒に止めて欲しいよ。僕だけだったらあの2人を止めれないから」
「ミカサを使えば早いだろうに」

 目の前でいがみ合っている2人を眺めながらカラカラと愉快に笑って隣にいるアルミンに言葉を返すと、「それ、本気で言うなら君の記憶力と察知能力を僕は疑いたくなるよ」と睨み付きで返された。
 まあまあ、怒るなよアルミン。悪かったって。柔いお前にとったら訓練生の訓練は辛いもんな。今日も代わらず辛くて苦しい訓練頑張ったからな。くたくたに疲れてるって理解してるって。
 俺は内心苦笑いをもらしながら、表の顔はずっと愉快そうに笑っているが。

「分かってるって。ミカサが間に入ったら、『一時的』に場が収まるだけだろ。また少ししたらミカサがエレンにだけ構うから、そのことにジャンがキレる。その繰り返しだ」
「そうだよ。――ああ、ミカサ。僕が止めに行ってくるからここ使って良いよ」

 アルミンが呼んだ方向に顔を向けたら、普及される食事――――固いパンとスープを手にした件のミカサがエレンとジャンの喧嘩を見ていた。

「でも、エレンが」
「大丈夫。さすがに無理になったら呼ぶから」
「………分かった、わ」
「ありがとうミカサ。ねえ、器の後始末頼んで良い?」
「ああ、大丈夫大丈夫。この前分からなかったとこ教えてもらったからその礼」
「助かるよ。じゃあ、行ってくる」

 意を決して2人の元に向かったアルミンの姿を見送り、そっと先ほどまでアルミンが座っていた場所に腰を下ろしたミカサの表情をうかがう。
 やはりと言おうか。当然と言おうか。ミカサの目はぶれることなくエレンだけを見詰めていた。喧嘩相手のジャンなんて眼中にしていない。
 過保護。長くずっと一緒にいた鈍感な幼馴染みコンビはエレンに対してのミカサをそう称する。しかし、短い付き合いで敏感な俺からしたら、ミカサが抱く思いが『過保護』の言葉では終わらない気がしていた。
 どこか、狂気じみているような気がしてままならない。
 俺は軽い気持ちで、エレンを見詰めるミカサに思いの丈を吐露してみた。

「なあ、ミカサ。お前ってさ、本当にエレンのこと好きだよな」

 俺の呼び掛けに反応したのか、ようやくミカサの視線がエレンから外れる。
 家族だから当たり前。ミカサは静かに、唇を動かした答えは俺が思い描いていたのと一語一句寸分の狂いもなく同じだった。ああー、そうですか。はいはい、と「あ゛ー、そうだな」と頭をガシガシと掻きむしり嘆息を吐き捨てる。
 いやいや、諦めるな俺よ。ジャンと同じ土俵に上がりたいわけじゃない。だが、いくら首席様でエレン以外わりとどうでもいいと思いこんでる頭の仕組みが俺と少々のズレがある気が触れたかも知れないオンナでもあっても、ミカサは美人だ。噂の噂でさらに噂を重ねた信憑性も情報ソースも当てにならない噂だが、あの東洋人の血を引いているらしく世に言う(?)絶滅系女子とでありのも箔がつくと言うこと。
 そりゃあ、104期生の華―――女神のクリスタでも事足りることだが、やはり美人がここまで盲目になる同性のヤロウがいるだなんて腹が立つのは、オトコのしがない性だ。
 くっそぉ、夜前にエレンに1発食らわしてやろう。と、どうせ反撃で倍返ってくることは百も承知だから結局できないで終わりそうな目論みを立てておく。

「だったら、人も殺せるのか?」

 エレンのために。
 ああ、今でも思うさ。馬鹿だなって。単なる好奇心を満たしたいがために、軽く口にしただけだった。そう、これはジョークだ。
 しかし、後でいくら後悔しようが出てしまった言葉は取り戻せるわけもない。

「もちろん―――何度だって、殺せる」

 それが真実だと。それだけが真実だと。
 ミカサの目は、あの黒々とした瞳は、静かだった。

 ▽▼▽

「なあ、アルミン」

 その夜、就寝前に件の2人の幼馴染みであるアルミンに声をかけていた。
 アルミンは座学で使う教科書などをパラパラと捲っていたのを中断して、「どうしたの?」と問う。

「お前の幼馴染みって大丈夫か?」
「えっと、それはエレンのこと? それともミカサ?」
「ミカサ、って言いたいところだけどエレンもか。まずあんなに執着されるってどうなってんだ」
「? エレンのことでミカサと揉めた?」
「いや、揉めてない。俺が首席のミカサに勝てるわけないだろ。そして、俺は負け戦をする気はない。つまり、そんな命知らずことなんてしねーよ」
「だったらどうしたの? 長くなるなら明日でも良いかな。あと5分で就寝時間だから」
「あーうん、ならいいわ。ごめんな、時間とらせて」

 おやすみ、と一言言い残し俺は自分にあてがわれたベッドに帰った。
 電気消せー、と誰か就寝を促す声がしたら、部屋は真っ暗になる。それでも、寝つけない奴らがこそこそと声をひそめている小声が聞こえたりした。
 それでも、静寂となんら変わりない空間の中俺は夕食時のミカサの返答を思い出していた。

“ 何度だって、殺せる ”

 もしかしたら、言葉の綾かも知れない。俺の考え過ぎなのだろう。
 だが、あのミカサの目は俺が抱いていた『冗談』ではなかった。
 巨人をぶっ殺したいと主張するエレンを「死に急ぎ野郎」と称した人間の何人が気づいてるのか。そんな少年と一緒にいる少女も立派な「死に急ぎ」だと。
 「訊かなきゃ良かった」後悔しながら俺はその事を考えないように、瞼を閉じた。


 5年ぶりに人類の前に現れた超大型巨人の一撃によりまたしても人類を襲う巨人との攻防戦の最中、エレン・イェーガーが誇り高き殉死―――巨人に無惨に殺されたと聞かされたミカサ・アッカマーンは動揺を行動に隠して暴走した。
 それは結果としてまだ限り少ない善い方向に転じたが、彼女の言葉を聞いて周囲がざわめいている中生き残ったある訓練生は周囲の人間と違った表情を浮かべていたのであった。
 どうしたんだ、とその訓練生の隣にいた者は思ったが「後で聞こう」と少しでも未来を繋げようとして聞かなかった。しかし、その訓練生が違った表情を浮かべていた理由が攻防戦の後に明るみに出されることはなかった。
 その訓練生が本部に向かう道中に、巨人に食われてしまったから。




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