ある思想家の墜落 | ナノ


 私は悲劇を愛する。
悲劇の底にはなにかしら美しいものがあるからこそ悲劇を愛するのだ。
 ―――チャップリン



 まずい、と頭を抱えた。

「あ、お邪魔してます」

 後その他は呑気に「おかえりなさい」と言っているのだろう。家主がいない間に訪れた来訪者に頂いたであろう食べ物を含みながら言っているからちゃんとした言語を成し得ていなかった。
 珍しい昼上がりで終わることをどこからリークしたのか他の兄弟が突然最近できた義理の妹を寄越してきた。朝比奈絵麻。侑介と同い年でしかも同じクラスと来るのだから彼女の波乱万丈な人生はもはやどこぞの恋愛シミュレーションゲームさながらだ。おまけに三つ子の兄の片割れの萌え範囲内に『妹萌え』は多くを占めていると来ている。
 ちなみに、他の兄弟とはその三つ子の兄の片割れだ。おおかた、大好きな義理の『妹』からお願いでもされて軽々と口を割ったのだろう。目に浮かぶ光景だ。

「すみません、突然の訪問で」
「いや、ほぼの確率で椿が悪いからあんたは気にするな。で、ここにはどうやって入ったんだ?」

 アズサやツバキは開けることができない。そして杏は念入りに「誰が来ても開けるな」と釘を指したからないはず。信用している点があるがこれは一応ここに置くルールとして決めたからだ。
 ならばどうやって。その疑問が残る。義理の妹は早くもその疑問を解消した。「実は雅臣さんからスペアキーを貸してもらって」予想外の人物の名が彼女の口から出た。

「雅兄から? 椿か梓ではなく?」
「はい。椿さんが色々と手を回してくれて行かないと失礼かなと思い、行こうとしたら雅臣さんが『行くならこれを持って行ってくれないかな』とお使いを頼まれまして」
「これ?」
「はい、これです」

 義理の妹は普通の出かけようのバッグにしてはいくぶん大きいサイズのバッグからタッパーを2つ取り出した。「中身は棗さんの好物みたいですよ」ああ、あれか。その一言に雅兄が使いを頼んだ理由を理解した。俺の好物で、たぶん京兄が作りおきしていたのをわざわざ詰めてくれたのだろう。
 重ったかっただろうにありがとうな、と言いながら受けとると今までお土産を頬張っていた杏が「なんですかー」とタッパーの中身を見ようとするからコラと諌める。義理の妹はそんな俺らのやり取りを見て、軽く笑みをこぼした。

「すみません。でも、やっぱりなんだが椿さんと梓さんが言っていた人柄なんだなって思ってしまって」
「棗さん、パッと見と普段は一匹狼臭醸し出してるからね!」
「うるさい」
「ふふ、」
「………お前らまとめて向こうに行っとけ」

 このままじゃ埒が明かない。お邪魔な3匹をリビングから追い出して、改めて義理の妹――絵麻と挨拶をした。そして軽くサンライズ・レジレンスの生活はどうかや家族の現状を聞いたり、くせ者揃いの家族のあしらい方や対処法(主に椿やら椿やら要やら)を伝授した。その間1度も杏について触れなかったから、あいつがどうにか言って誤魔化したのだろうと察し口裏を合わせることに。下手に言ってボロが出た瞬間だからな。
 その後もいくつかの話題で盛り上がった結果、絵麻はかなりのゲーマーだとことが分かった。女子高生でそのゲーム歴は正直言って恐れをなした。
 今日はサンプルでもらったゲームをいくつか貸すことにもなり、絵麻はそろそろ時間だからお暇すると帰る支度を始めた。

「棗さんって猫、好きなんですね」
「まあ、嫌いじゃないけどな。あいつら飼い出したのも成り行きみたいなものだったし」
「成り行き?」
「拾った」
「棗さんは、優しい方なんですね」
「はあ?」
「だって、さっきの会話の中でも皆さんの心配してましたしあの子達だって」
「……………そんなんじゃないさ。ただ見捨てる強さがないだけだ。まあ、おまけに騒がしくなったからオーナーからちょくちょく痛い目で見られるけどな」

 肩を竦めて「駅まで送る」と絵麻の荷物を取り、玄関を開いた。
 俺は優しさがある強さがなくて、見捨てられない弱さしかないんだ。そう、俺は弱い。




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