ある思想家の墜落 | ナノ


 別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。
花は毎年必ず咲きます。
 ―――川端康成



 今日の夜の街は雨が降っていた。天気予報も前々から雨だと告げていた事前から予測できた雨だ。『××月××日は1日中雨でしょう。』1週間も前からテレビの天気予報も新聞も告げていた。朝から雨は降っていた。
 夜の街を歩く人々は当然のように皆、傘やレインコートで雨粒をしのいで家路に着くか愛人と明かす夜かはたまた残業日うんざりしたりと様々な時間を過ごすのだろう。実際、俺もその他の1人で独り暮らしのマンションに帰る道中であった。
 普段と変わらぬ時間帯に退社し、だいたい同じ時刻に同じコンビニに入り売れ残ってる惣菜やコンビニ弁当を冷やかし買い物カゴに缶ビール3本、おにぎり2個を入れてレジに通す。で、今日はアルバイトに当たってしまい愛想の欠片もない接客態度を受けつつ 俺は馴染みのコンビニを出た。ちなみに、この時間も普段となんら変わりない。
 雨が降っていたから少々の歩きづらさはあった。しかし、特に気に触る程度もなく俺は昨日と似たような時間で街公園に立ち寄った。
 さすがに今日はいるわけないか。雨が降っている。しかも、朝からずっと。居るわけがない。そう思うのだが足は着実に街公園に向かっている。ああ、俺は単純に居ないか心配しているだけだ。こんな雨の中にいたら危ないのだから。
 泥濘んだ砂の地面を踏みしめて、傘で隠れた視界を広げる。――――彼女は、そこに居た。

「   」

 彼女の名を呼ぶ。俺の声に反応した彼女は呼ばれた方を向き、手を振って笑った。
 屋根もないブランコに腰かけていた彼女は雨によって濡れていたが、本人は特に気を止めている様子はない。「風邪を引いても知らないぞ」と心配する言葉を投げかけても大丈夫ですと返されるだけだからもう今はなにも言わなくなった。ただ俺は速足で彼女の元に行き、傘の中に彼女を入れて鞄に入れてあったタオルと折り畳み傘を手渡すだけだ。
 夜に雨が降ると分かってから、いつも鞄の中には彼女に渡すためのタオルと折り畳み傘があるようになった。
 最初こそは渋られたが、今となっては彼女も変わらないやり取りの応酬としてありがとうございますと素直に受けとるようになっていた。やり取りの中に「どうして」と疑問を投げかける言葉が入らないのも、変わらないこと。
 タオルが彼女に降り被った雨粒を程々に吸ったのを見越して「行くぞ」と彼女の手を引いて歩き出す。このまま2人で夜の街、雨降る公園にいてもどちみち両方が体調を崩すと思って雨が降る夜は遅い時間帯までやっている駅近くのカフェに入るのも、“変わらないこと”であった。
 時間が遅いからとあって店はいつも空いている。雨の夜だけに来るサラリーマンと濡れた少女との奇妙な組み合わせの客に店主は不審に思うどころか、むしろ親切にしてくれた。タオルに温かいホットココアとコーヒー。いつも柔らかい笑みでくれる。
 俺はコーヒーで、彼女はホットココア。追加で、なにか食べ物を注文を入れようとしたらこれも“変わらないこと”で今日のオススメの1品を作ってくれた。料理を待つ最中、彼女にコンビニで買ってきたおにぎりを渡すといつもありがとうございますと馴れた手つきで包みのビニールを剥がしてゆく。
 焼きたらこおいひいです。ビールと雨とで冷えたコンビニおにぎりでここまで満足するものかと思うほどにふにゃふにゃした笑みで頬張る彼女の顔を見ていたら、自然と俺の口角も緩む。
 ココアとおにぎりって合うのか、と訊くと変わった味がしますよって返ってきた。まあ、そうだなと彼女の言葉に納得する。
 夜の雨の日にゆるやかに流れる緩慢的な時間の波。それに揺られながら過ごす日も悪くはない。目まぐるしい日常の1コマとしてあっても良いものだろう。
 俺は、コーヒーを呷った。





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