ある思想家の墜落 | ナノ


 すべてお終いのように見えてしまうときでも、まだまだ新しい力が沸き出てくる。
 それこそおまえが生きている証なのだ。
 ―――フランツ・カフカ



 病院を抜け出して、電車を乗り継いで来たのはセーラー服の少女が最期を迎えた場所。人ひとり、この場で死んだと言うのに誰も彼も露知れず夜の街を闊歩している。生者が疎ましい、妬ましい。どす黒い感情が渦を巻く。
 俺にとったら×××××は真実であった。しかし現実は×××××との少女は偽りで、世界のどこにも存在なんてしていなかった。今も昔も。道路の隅に、慰め程度に置かれている花も俺が知る少女ではない少女のために置かれているのだろう。その事実が、悍ましくも感じられた。
 俺はここにいるのに、お前はここにいない。生きている奴らを呪って、全部消えてしまえと願ってしまう。

 赤信号に変わって、人々の往来が切り替わる。

 ああ、消えろ消えろと鈍いの言葉は脳を心を黒く染める。

 横切るように車やバイクが勢いよく駆けていく。

 どうして、と疑う心は消え失せて「もう一度」と来世を乞うになっていた。
 もう一度、ちゃんと会って手を取って伝えたい。―――助けてやる、と。抱き締めて、頭を撫でてやりたい。―――もう大丈夫だ、と。もう一度、もう一度もう一度もう一度。脳髄の口は呪術のように囁くのだ。

“棗さん! こっちですよ、私は”

 黒く染まった視界に純白が滴る。まるで暗闇に一筋の光が射すような光景だった、それは。
 手を伸ばす。記憶のなかで笑う××をすべて集めた面が微笑むセーラー服の少女に向かって。届け、届けてくれと。
 絶望と希望が入り交じる願いは―――――届いた。

「やっと、届いた。もう独りにしないからな、××」

 手を繋いで、もう繋がった手が砕けてしまわないようにしっかり握る。××は満足げに笑って「じゃあ、どこまでも一緒ですね!」と口にした。「そうだな、どこまでも一緒だ」俺も××が言ったことに応えるように笑う。

 独りぼっちの男を見ていた猫が鳴いた。喜劇的な悲劇の幕切れを告げるがように。いや、滑稽な悲劇の新幕の開始を告げているの間違いか。





 とある交差点で、姦しい女子高生2人が喋っていた。

「ねえ聞いた?」
「えー、なあに?」
「この交差点で立て続きに『2人』も自殺したみたいだよぉ〜。これ怖くない? オニ怖くない?」
「ふえー」
「え、興味ない感じ?」
「ないない。てか知ってるし。あれでしょ、最初に自殺した女子高生に誘われ死んだって感じの2人目。で、夜な夜な自殺した女子高生がこの交差点死を誘うのでしょ」
「なーんだ、知ってたのぉ。詰まんねー!」
「詰まらないでしょ、実際。亡霊に拐かされて死ぬなんて馬鹿げてる」
「キャー、クールでしびれるぅ!!」
「アンタ、さっきからうるさいしウザい」
「キャー、ひどぉ〜い。泣いちゃうよーだ」

 嘘泣きまでしようとして相変わらず彼女は男に媚びるポーズを取ろうとする。ポーズだけ取ってもする相手の男なんて存在しないのに。いやむしろ、こんな風に無理に媚びたりするから男が逃げるのだろうか。どちらにせよ、彼女に華やかな男女の華が咲くことはないのは確かだ。
 やれやれとため息を隠れて吐くと、隣で信号を待つある男性にふと気がついた。心の琴線に触れたのはただ隣に立っていたからわけじゃない。ある男性の顔がそこそこ良いレベル………言うなればもろタイプでストライクなイケメンだったからだ。

「…………」
「ちょっと、話聞いてるのー………って、やだあちょーイケメン発見」

 話を聞いていなかったことがバレてしまった彼女も隣にいる男性が結構なイケメンだと分かった。おまけに後ろの言葉はご丁寧にボリュームを下げているから抜かりない。
 2人小声で、どうするこうするとこそこそと喋っていたらイケメンが隣の私たち2人に気づき笑いかけた。あ、ヤバい。その笑みは反則だわ。まるで最愛の人に微笑むようにイケメンが笑いかけるから心臓がどくんと高鳴る。

「  」

 名を呼ばれた気がした。イケメンの唇から発せられた声は私の名。え、と声をもらした瞬間にはイケメンは私の手と繋いでいた。離さないよ、と固く繋がった手が告げる。

「  」

 愛しそうに名を呼び、こちらにおいでと私を誘う。どこに行くなんて知らない。でも不思議とこの人とならどこへでも行って良い気がする。いや、行きたい………行きたいの。

「  」

 彼が指差す先は『14』と書かれた標札の向こう。そこに君が夢見る来世がある。一緒に行こうな。優しく暖かな声色が耳を溶かす。はい、と私は頷いた。


  もし、そういう力が沸いてこないなら、そのときはすべてお終いだ。
 もうこれまで。



 女子高生がある日から相次いで行方不明になるとのニュースが今日も報じられる。行方不明となる女子高生の共通点は皆、制服がセーラー服であることと名が『杏』であること。なお、警察の調べにより彼女たちが決まって行方不明となる場所は×××駅周辺にある×××公園前の交差点とのことが判明。交差点に警察が立つなど対策を立てるものの未だに行方不明となる女子高生は途絶えない。
 皆さん、まだうら若き命を無益に散らさないように気をつけてください。

 猫が泣いた。終わらない悲劇に対してか、終わらない役者の彼らに対してか。
 猫がナいた。真っ赤な猫がナいた。汚れた猫を抱えるセーラー服の少女は………―――――


【 END…? 】




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